「原発テーマの高校演劇、テレビ放送されず 理由は「差別表現」なのか」

 以下、朝日新聞デジタル版(2021年11月29日 16時00分)から。

 

 朝日新聞のこの記事は、「原発テーマの高校演劇、テレビ放送されず 理由は「差別表現」なのか」という題名になっているが、今回この問題に関心をもち、個人的に調べてみた結果、私の答えは否である。

 

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 文化活動ではあるけれど、高等学校の教育活動で起こった、部員と顧問の「表現の自由」を認めない今回の問題は、教育にとって大切な「表現の自由」が教育活動で保障されない事態となってしまった。現在、福井ケーブルテレビと顧問会議が、互いに責任転嫁をするように、主張が食い違っているようだが、これを決めるのに、演劇部顧問(教員)たちの部局が関わっていることは間違いのないところだろう。

 福井県の演劇祭の話だが、ある高校の演劇作品だけを放映しない、DVDをつくらせない、台本を生徒に配らないというのは、農林高校だけ「排除」するといういじめだと言わざるをえない。教員がいじめをしてはいけないことは自明の理である。

 この「排除」(いじめ)に関わった環境は、原発・福井ケーブルテレビ、そして顧問会議だが、おそらく顧問会議のトップである演劇部会長の島田芳秀・県立丸岡高校長の役割と責任は小さくないのだろう。

 マスコミの取材を受けないようにかん口令をひいているようだが、ことは教育活動における表現の自由の問題であり、説明なしでは済まされない。

 「排除」(いじめ)を撤回し、すみやかに放映、DVD作成、台本の公開と共有化を可能にする決定を望みたい。

 

 私の意見は数日前に、以下のように、書いておいた。

amamu.hatenablog.com