2007-08-19から1日間の記事一覧

大連から旅順へ

日本人なら一度は名前を聞いたことがあるであろう旅順口は、軍事的に重要な港である。 日本がロシアと争ったのも不凍港である旅順が重要であったからだし、旅順が軍港として重要なことは中華人民共和国に変換された今も変わりがない。だから旅順には軍人が多…

大連の夜景を見る

旅順から大連に戻り、今晩は大連海鮮料理の夕食である。 食後に大連の大広場の夜景を見るために展望台に上る。大連の大広場は、大連市の中心にある。街路が放射線状に延びているのは、ロシアの影響を受けているからだ。 今晩も、大連賓館、旧ヤマトホテルに…

旅順日露監獄を訪れる

旅順には、安重根(アンジュグン)が収容・処刑された日露監獄がある。この場所の見学も許可が必要だ。 1909年10月26日、ハルビン駅で、朝鮮の初代総督であった伊藤博文を射殺した安重根は朝鮮の英雄だ。11月3日、旅順刑務所へ送られ、「国事犯」として監禁…

旅順博物館を訪れる

二百三高地の次に訪れた旅順博物館も、日本人旅行客にとって許可が必要な場所のひとつである。 ここには、大谷光端探検隊が発掘したトルファンのミイラが展示されていることで有名だ。 立派なコレクションを説明してもらった最後に、骨董品の販売説明がある…

二百三高地を訪れる

日露戦争戦跡としては最大の激戦地である二百三高地を訪れる。 こちらに来て学んだことの一つは、日露戦争というと、日本とロシアの戦争と思っていたが、それは間違いだということだ。実際、この203高地でも、日本側の犠牲者は7500余名、ロシア側の犠牲者は6…

水師江営会見所(すいしえいかいけんしょ)を訪れる

旅順は、日清戦争、日露戦争と切っても切れない地域である。 水師江会見所とは、乃木大将とステッセル将軍が旅順開城の交渉をおこなった場所であり、敗戦の将校・ステッセル将軍が乃木大将に馬を贈った場所である。 水師江会見所は、万忠墓と違って、日本人…

万忠墓を訪れる

その旅順口に万忠墓がある。 万忠墓は、日本人観光客がなかなか来れないところだ。 ここには、日清戦争で、日本軍に虐殺された市民や兵士が眠っている。館内では資料見学をおこなうが、館内での写真撮影は禁止である。表記は中国語以外見当たらないような印…