Asia

撫順へ足をのばす

さて午後は、瀋陽から撫順を訪れる予定だ。 撫順の案内は、張さんの手配で、張さんの先輩にあたり、すでに日本語ガイドを引退した李(仮名)さんにお世話になる。 その李さんの案内で、撫順を訪れる。今回の旅では、日本語ガイドが充実している。 撫順は、露…

英語を話すウェイトレス

さて、午前中のフィールドワークを終えて昼食である。 いつものように、丸テーブルに座らせてもらうと、今回の店の女店員さんは積極的に英語を話そうとする明るい娘さんだった。 酢漬けのらっきょのようなものが出たので、らっきょなのか、にんにくなのか聞…

九・一八歴史博物館を訪れる

次に九・一八歴史博物館を訪れた。 九・一八とは、1931年9月18日のことをさす。いわゆる満州事変(柳条湖事変)である。満州事変は、いま九・一八歴史博物館が建っている付近で起こったという。 この歴史博物館も、愛国主義教育基地であり、中国人としてけっ…

北陵公園を訪れる

昨日訪れた瀋陽故宮も美しかったが、いま訪れている北陵公園も美しい。 北陵公園とは、清朝の二代皇帝である太宗ホンタイジ夫妻の眠る陵墓である。 入り口前には、千山でも見た、石でできた一対の獅子がいた。オスが鞠で遊んでいて、メスが子供をあやしてい…

張作霖爆殺現場を訪れる

瀋陽には、日本の近現代史と関わりの深い場所がたくさんある。 今朝は、まず張作霖爆殺事件の現場を訪れる予定だ。 張作霖爆殺事件は、「満州某重大事件」と呼ばれ、河本大作が、張作霖爆殺事件の実行犯として知られるが、張作霖爆殺事件が重大事件であった…

瀋陽の四星ホテル

今晩から二晩泊まる新世界酒店(New World Hotel Shenyang)は、四星ホテルだという。大連賓館の古さから比べれば、このホテルは新しく現代的だ。部屋は広くはないが、英語圏の人間でも泊まるようなホテルで、ジムやビリヤード、喫茶室など、アメニティも充実…

世界遺産の故宮へ

さて、世界遺産の瀋陽故宮を訪れる。 瀋陽故宮は、繁華街である中街近くにある。 瀋陽故宮は、太祖ヌルハチと太宗ホンタイジが造営した皇宮である。北京の故宮に並んで有名であるそうだ。 その北京の故宮の12分の1ほどの大きさしかないようだが、瀋陽故宮は…

昼食は東北料理

瀋陽に着いたから、今日から本格的な東北料理だそうだ。東北料理は、味つけも濃くなる。見た目の色も濃い。 今回、初めての中国なので、食事が少し心配だったが、こちらに来てからというもの、何を食べてもおいしく、食事は全く問題ない。 食事後、少し瀋陽…

鞍山から瀋陽へ

さて、鞍山から瀋陽へ向かう。 瀋陽は東北地方の中心都市であり、鞍山から瀋陽までは約89キロほど離れている。 瀋陽の南側には川が流れていて、中国では川の北側を陽、南側を陰といい、瀋陽は川の北側に位置することから瀋陽という名前がついたという。 瀋陽…

湯崗子温泉の朝

昨晩泊まった湯崗子温泉の施設は広く、公園のような風情がある。ここは一泊しかしないので、今朝、出発の予定だ。朝、その公園を散歩することにした。湯崗子温泉は逗留するところなのだろう。気持ちよく散歩ができる。 散歩を終えて出発前のチェックアウトで…

湯崗子温泉での夕食

さて、夕食である。 先ほどから何度も書いているように、ここ湯崗子温泉に日本人はあまり来ないのだろう。ルームキーのカードの裏に書いてあった諸注意は、ロシア語だけが併記されていて、英語も日本語もなかった。そのせいか、湯崗子温泉の食堂にはビールは…

垢すりの値段が20元

三種類の風呂の向こうには、垢すりをやってもらえる部屋もあり、垢すりが20元(340円)だという。私のように中国が初めての訪問客にとって、この辺の金銭感覚がよくわからないものの、人件費がべらぼうに高い日本から来た日本人にとって、20元は安い。日本人…

湯崗子温泉の湯につかる

温泉ということなので、早速、龍宮と呼ばれている風呂に入る。 男性風呂は、まず広いシャワー室があり、その先に湯船に浸かれる風呂がある。 熱い風呂、中くらいの温度の風呂、ぬるめの風呂と三種類あり、さらにサウナも、水分補給できる場所も確保されてい…

湯崗子(とうこうし)温泉を訪れる

再度バスに乗り込む。 さて、少し歩いたから汗をかいた。これから向かう今晩の宿の湯崗子温泉は、東北地方随一の温泉であり、温泉治療所のようなところだ。湯崗子温泉は、あの溥儀も訪れたことがあるという歴史をもつ。 その湯崗子温泉に着いたとき、ひなび…

鞍山から千山へ

鞍山で昼食を取り、ここからさらに千山をめざす。 千山には、その名のとおり山々が連なっている。その山は群馬県にある妙義山のような険しい山々であり、奇岩で有名であるという。その千山に、無量観という道教の寺院がある。道教の寺院には、護衛術も鍛えた…

大連から鞍山へ

二日間滞在した大連、そして二夜お世話になった大連賓館(旧ヤマトホテル)とも今朝でお別れである。 今日からガイドも、王さんから若い張さんにかわる。 張さんは、瀋陽生まれの瀋陽育ちで、大連で学校生活を送ったけれど、生まれ育った瀋陽の方が好きだと…

大連から旅順へ

日本人なら一度は名前を聞いたことがあるであろう旅順口は、軍事的に重要な港である。 日本がロシアと争ったのも不凍港である旅順が重要であったからだし、旅順が軍港として重要なことは中華人民共和国に変換された今も変わりがない。だから旅順には軍人が多…

大連の夜景を見る

旅順から大連に戻り、今晩は大連海鮮料理の夕食である。 食後に大連の大広場の夜景を見るために展望台に上る。大連の大広場は、大連市の中心にある。街路が放射線状に延びているのは、ロシアの影響を受けているからだ。 今晩も、大連賓館、旧ヤマトホテルに…

旅順日露監獄を訪れる

旅順には、安重根(アンジュグン)が収容・処刑された日露監獄がある。この場所の見学も許可が必要だ。 1909年10月26日、ハルビン駅で、朝鮮の初代総督であった伊藤博文を射殺した安重根は朝鮮の英雄だ。11月3日、旅順刑務所へ送られ、「国事犯」として監禁…

旅順博物館を訪れる

二百三高地の次に訪れた旅順博物館も、日本人旅行客にとって許可が必要な場所のひとつである。 ここには、大谷光端探検隊が発掘したトルファンのミイラが展示されていることで有名だ。 立派なコレクションを説明してもらった最後に、骨董品の販売説明がある…

二百三高地を訪れる

日露戦争戦跡としては最大の激戦地である二百三高地を訪れる。 こちらに来て学んだことの一つは、日露戦争というと、日本とロシアの戦争と思っていたが、それは間違いだということだ。実際、この203高地でも、日本側の犠牲者は7500余名、ロシア側の犠牲者は6…

水師江営会見所(すいしえいかいけんしょ)を訪れる

旅順は、日清戦争、日露戦争と切っても切れない地域である。 水師江会見所とは、乃木大将とステッセル将軍が旅順開城の交渉をおこなった場所であり、敗戦の将校・ステッセル将軍が乃木大将に馬を贈った場所である。 水師江会見所は、万忠墓と違って、日本人…

万忠墓を訪れる

その旅順口に万忠墓がある。 万忠墓は、日本人観光客がなかなか来れないところだ。 ここには、日清戦争で、日本軍に虐殺された市民や兵士が眠っている。館内では資料見学をおこなうが、館内での写真撮影は禁止である。表記は中国語以外見当たらないような印…

宿泊は旧ヤマトホテル

遼寧省は日本から近いから、到着当日から結構動ける。あちこちフィールドワークをしたら、お腹が空いてきた。 昼は機内食だったが、今日の夕食から中華料理が始まる。その意味で、今回の旅は中華料理の旅でもある。 中国四大料理といえば、北京、上海、四川…

大連港へ

大連港を訪れる。 歴史のある大連には、「大連市重点保護建築」というプレートのついた建物が少なくない。いま訪れている大連港にもそうした歴史的な建物がある。 わたしは戦後の生まれで、完璧に平和憲法の下で育ったから、子どもの頃より戦争の面影はほと…

満鉄の本社跡へ

次に旧満州・満鉄関連施設で、満鉄の本社跡を訪れる。 大連は、「満州」への玄関口であり、この大連に満州鉄道の本社があった。当時、大連には、満鉄関係者がたくさん住んでいたという。当時、日本人の師弟が通う学校もたくさんあり、その子どもたちの親は、…

大連図書館日本文献資料館へ

次に向かったのは、大連図書館分館だ。 この大連図書館魯迅路の分館には、日本に関する文献がそろっているようだが、市民の図書館にもなっている。自然科学や社会科学といっしょに、一般の雑誌を閲覧している大連市民がいた。

まずは南山へ

さて、大連到着後、まず専用車で向かう先は南山である。 いま大連に着いて南山を一番に訪れる日本人観光客はめったにいないだろう。実際、ガイドの王さんも南山は何もないところですという。 ここは、大連の南にある小高い山で、市街が一望できる見晴らしの…

成田から大連へ

午前出発の便で、時間にして2時間30分くらい。日本と中国との時差は1時間。赤道を越えないから、季節が変わることもない。 私がこれまで訪れた英語圏は実に遠い。それからすると、当たり前のことだがアジア、とくに今回の遼寧省は近いということだ。しかし…

初めての中国

忙しい教師生活は夏休みといっても忙しい。それでも夏期研修や自分で組んだ旅がこれまで夏休みの時期におこなえたことも事実である。 それで、自分で旅を組むとなれば、自己研修もかねて、これまでイギリス以外の英語圏*1を中心に回ってきた。「イギリス以外…