宿まで荷物を転がして歩く

 ともかくインフォメーションセンターで宿を決めることにしよう。係の女性は素朴な印象で、いい感じだ。パークランド(Parklands)というモーテルに決めて、地図で行き方を教えてもらい、荷物をコロコロころがして宿に向かって歩き始める。
 これまで旅したアメリカ合州国やオーストラリア、アイルランドもそうだが、日本とは街のつくりが違うので、こちらでは車がないとダメである。そもそもミドルクラスの旅の仕方は、自動車でまわって、モーテルやバックパッカー用の安宿に泊まる。そして、複数で旅をする。だから、安上がりにあがる。こちらでは、貧乏人も金持ちも等しく車が必需品である。日本のように公共の乗り物の便がよくないからだ。今回の旅ではクライストチャーチからダニーデンまで自動車で走ったが、いまの私のように車を持たずに旅行する奴は何者なのか。まるで人間ではないように見られているような気がする。金持ちでないことはもちろんだが、つまり貧乏人でもないのだ。今もバックパックを肩にかけて、思い荷物をコロコロ引きながらこうして街を歩いていると、こんな人間はいないだろうという気分になる。仮に車を持っていなければ電話で友人にヘルプを求めて乗せてもらうとするだろう。それが無理なら、タクシーを呼ぶだろう。それもしない奴って何なのか。軽蔑の眼はない。むろん私もタクシーに乗ってもいいのだが、初めての町は歩いた方が様子がわかるので、変人を気取って歩く。
 ビクトリア通りからブリッジ通りを進んで、ワイカト川にかかっている橋を渡ると、今夜の宿のパークランドがようやく丘の上に見えてきた。どうやら交通量の多いこの道路を横切らないと、高台に立つ今夜の宿まで行けないようだ。車がなかなか途切れない道路を大きな荷物を抱えて横切らないといけないのはとてもやっかいだ。
 ようやく宿の駐車場に着いて、受付はどこかなと迷ってウロウロしていると、受付の女性がこっちよと手で私を招いた。これは親切というより、どこの国から来たのかしらこの人はという感じに近かった。私が歩いてこのモーテルまで来たことに相手は呆れている様子で、最初の応対の感じはよくなかった。これは私の勝手な推測だが、車も持たずに、歩いて荷物を運ぶ奴なんて得体が知れないと感じたのだと思う。
 部屋を見せてもらう。部屋自体はベッドが置いてあるだけでとても狭かったが、バス・トイレ、リビングが共有できるし、宿全体の感じは悪くない。部屋はシングルで独房のような狭さだったが、これで一泊、40.0ドルだから、約2800円。私はハミルトンが好きになった。
 レセプションに戻って、「ここに全部で三泊したいんだけど」と言うと、「あとではキャンセルはできませんよ」と、わざわざ確認された。彼女の気持ちを察するに、自動車も持たずに歩いて荷物を運ぶような得たいの知れない奴が、ハミルトンなんて田舎町に三泊も泊まると最初から決めちゃって本当に大丈夫なのという感じなのだと思う。
 洋服や靴を出したら、ランドリーで洗濯をするとしよう。洗濯料は2ドル。パウダーはなければレセプションで買ってくれと掲示があるが、洗剤がたくさん置いてあったので、それを使って洗濯を済ませる。洗濯物の干し場は、やはり人目のつかない場所にあった。