ニュージーランド人にとって車のしめる位置

ハミルトンのカーディーラー

 ニュージーランドでは、公共の交通機関というものがあまり発達していないから、みんな車に乗っている。日本の過密度からみたら大したことはないけれど、人口が最も過密しているオークランドなどでは交通渋滞が問題になっている。道路を増やすか別の交通手段に頼って車を減らすしかないのだが、両者ともむずかしいようだ。未解決のまま問題が進行していると、ある雑誌に書いてあった。
 前にも書いたように、ここ十数年、車の価格が下がっていることもあって、ハミルトンでも自動車が増えている。とくに子どもの学校への送り迎えや仕事場に向かう車が混む朝方と夕方に交通渋滞が起こり、このままではハミルトンもオークランドの二の舞だと先日の新聞に書いてあった。通学時には学校の前の横断歩道のところで、みどりのおばさんならぬ大人と児童が、「ストップ」と書いた大きな看板を下ろしたり上げたりして、安全確保をしている。
 私の観察では、車を運転できない奴は人間ではないという感覚があるほど、ニュージーランドは自動車依存社会だ。
 いろいろある選択肢の中から選んで自動車に乗っているわけではなく、自動車しかないという感じだ。もちろん、ここハミルトンには、バスも走っているし、最近私も知ったのだが電車だって走っている。けれどハミルトンに住んでいる人間は電車の運賃を聞いても全く知らないし、バスだってどれくらいの時間で来るのか知らないのが普通だ。ハミルトンのバスは大体30分に1本で、たまにバスを利用している私の方が詳しいくらいだ。「交通弱者」とは言わないけれど、ハミルトンでバスに乗っているのは、自動車を持っていない若者やお年寄りが主流だ。
 ニュージーランドでは、道路沿いに車が置きっぱなしで、いくらで売ると張り紙をしている車を結構見かける。いわゆる個人売買だ。もちろん、カーディーラーもたくさんあるけれど、自分のことは自分でやるし、やれるお国柄。車の目利きに自信があるし、ディーラーを通すと損をするから、個人売買も盛んなのだろう。とりたててカーディーラーのお世話にならなくてもできるという感じなのかもしれない。
 アレックスとジュディもそれぞれすでに車を持っているくせに、BBCの自動車紹介番組である「トップギア」がお好みだ。
 ジェレミー=クラークソン(Jeremy Clarkson)という司会者が、車に実際に試乗して車についての蘊蓄(うんちく)を喋りまくる。この司会者は、前はフェラーリに乗っていたけれど、今はメルセデスに乗り換えたらしく、どうやら長寿番組の再開らしい。日本人は車をつくって売ることはうまくなったけれど、車を楽しむという点では、一歩も二歩も彼らに遅れをとっているのではないか。「暮らしの手帖」的ではあるけれど、こんな番組を70代の日本人が楽しみにはしないだろう。日本で車を話題にして楽しんでいるのは、せいぜい10代から20代の若者ではないか。4WDなら、ランクルも含めて、レンジローバーだの、この車がいい、あの車がいいと番組でやっているのを観ていると、なんだかイギリス人やニュージーランド人に、おいしいところを取られているような気がしてならない。
 ニュージーランドでの私の生活は、それほど急いでやらなきゃならないことがあるわけでもないし、そもそも歩くのは健康にいいし、知らない道を歩くのは楽しいし、もともと歩くことが好きだから車なんてなくたって気にならない。だから、移動のためのウォーキングだって、30分くらいなら全く問題なし。1時間だって平気だ。もちろん、楽しい散歩なら、半日でも一日でも全く大丈夫。
 ただ、ハミルトンで移動のために歩いている人は少ない。移動のために自転車を使っている人も少なくなりつつあるようだが、調べたわけではないけれど、ワイカト大学でも少なくとも自転車乗りは50人はいるだろう。アジア系学生の自転車乗りが多いが、白人男子学生も少なくない。自転車を見ると、ギアなしの買い物自転車みたいな奴はさすがにないけれど、ものすごくスポーティーという格好のいい自転車でメンテナンスの行き届いたバイク(bike)というのも全く見かけない。スポーツ性といったら、ちょうど中間くらいで、色などもくすぶったような色が多く、派手なカラーリングなんて見かけない。おそらくこれも自動車の感覚と似ていて、「必要充分」であればいいという感覚なのだろう。過度なファッションは無駄だし、かえって泥棒にやられてしまうという警戒心も手伝っているような気もする。
 アレックスとジュディの自宅の玄関からワイカト大学内の教室までは、徒歩で30分みれば充分。だから往復で一日1時間のウォーキングになるが、これだけで、あの東京の殺人的な満員電車に乗らなくて済むのだ。
 牡丹のような大きさの花々があちこちに落ちている歩道を、小鳥のさえずりを聞きながら、歩いて大学まで通うのは、気持ちのいいものだ。たまに小雨の時もあるけれど、雨がずっと激しく降り続くようなことは私のこれまでの経験ではないから、ちょっとした悪天候も、また楽し、である。自動車は結構通り過ぎるが、ヘルメットをかぶって自転車に乗りながら郵便物を配達している人や、散歩をしている人くらいにしか途中人と出会うことはない。30分歩いて6人、7人も会えば多い方だ。通学途中に小学校があるのだが、たくさん止まっているのは保護者の車だろうか、小学校の前の道路にはたくさんの車が路上駐車している。
 ワイカト大学(The University of Waikato)の駐車場もいつも満車なので、大学周辺も路上駐車が耐えない。私がワイカト大学(The University of Waikato)まで車で通ったとしても、駐車場で困るだろう。だから、今の私の生活では、歩いて大学まで通うことは全く問題がないのである。