職員会議での採決・議長持ち回り禁止

amamu2006-05-12

 都教委による職員会議での採決、議長持ち回り禁止の通知に関して、「その後」として、今朝の朝日新聞が「都教委の市制突出」と題して報じている。
 これは何度となく書いてきたことだけれど、教師から挙手や採決を奪うということは、自分たちの頭で考えることを教師から奪うことだ。ひいては、それは教師の意欲を奪うことになる。教師が自分個人で決めたこと、教師集団として自分たちで決めたことなら、教師は責任を取ろうとするけれど、何を言っても聴く耳を持たない国や管理職や経営者のもとで職務として命令されたことで教育的に納得できていないことをやらされた場合、その結果がうまくいかなければ責任転嫁したり、責任を擦り合うだけだろう。そうして、もはや集団ともいえない、バラバラな烏合の衆の教師「集団」(群れ)しかできないだろう。さっさと学校を退校して私的なことだけに集中する教師も増えるだろう。個々人の教師の意欲を奪えば、優秀な教師は馬鹿馬鹿しくなって辞めるか、自分の世界に引きこもるニヒリズムの教員と無能な教員が増えるだけだ。
 こんな学校で子どもが育つものだろうか。
 学校のお勉強だけはできても、世間常識もない若手教員が、ベテラン教員から学ぶこともなく、できない子どもたちの気持ちもわからず、ますます各自が勝手に我流で教育活動をやることになるだろう。
 こうして、やる気のない教員が増えれば、生徒の自主性が引き出されるわけがない。生徒の能力が伸ばされるはずもない。
 まさに、悪循環である。
 こうした悪循環を率先して誘導しているのが今の国の政策だ。
 そして、こうした高校で育ったものが次代の日本の将来を担う世代になるのである。