基地の中に沖縄がある

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきい

 グスクとは沖縄で「城」のことをいう。
 たくさんあるグスクのうち、今日は、首里城と中城を訪れる。
 午前中は、まず首里城を見学する予定で、運転手・ガイド付きの専用車でまわるので、今回は本当に楽なツアーだ。宿泊しているホテル前から家族全員でジャンボタクシーに乗り込む。
 「首里城は、三山時代は中山国王の居城であったが、1429年の琉球王国統一後は1879年に至るまで、琉球国王の居城として王国の政治・外交・文化の中心的役割を果たした」と言われている。日本・琉球・中国の建築様式が融合している。
 この首里城見学のあと、昼ご飯は、首里城公園近くのあしびうなぁという店で食べる。
 昼食後は、中城村の中城城跡と、中村家を訪れる。
 中村家は、庄屋のような地域の実力者の家ということで、当時のその暮らしぶりがわかる。
http://www4.ocn.ne.jp/~knaka/outline/index.html
 中村家見学のあとは、中城城跡へ。
中城城跡を歩く頃は小雨が降っていた。中城城跡は、私にアイルランドの古城を思い出させてくれた。歩いてみると、すぐにこれが山城であることがわかる。これは、阿麻和利の居城だという。築城は、13世紀から15世紀のようだ。


 中城城跡の見学のあとは、さらに北西方面に北上して嘉手納基地に向かう。
 安保の丘という名所があり、昔は、ここから基地反対のデモンストレーションをおこなったり、基地の見学をしたものだという。今は近くにあるカーパーキングの建物内に資料館もあり、そこで基地の見学がよくできるようになった。
 ここは、町の総面積の83%が基地であるという。沖縄の中に基地があるというより、むしろ基地の中に沖縄があるとよく聞くのだが、嘉手納はまさに基地の中に町があるという町だ。

 沖縄は、地理的に、中国大陸、台湾、日本、そしてアメリカ合州国などに囲まれ、そして政治的にも、そうした周囲の国々によって翻弄された歴史を持っている。第二次世界大戦では、唯一地上戦がおこなわれ、集団自決がおこなわれたことを忘れてはいけない。アメリカ軍による統治から、沖縄復帰がなされたとはいえ、条件付きの復帰であり、いまだに基地問題が押しつけられている沖縄。
 沖縄に最初に私が訪れた地域は、慶良間諸島であるが、沖縄侵攻の際にアメリカ軍が最初に攻撃してきた地域であり、そこから沖縄本島を分断し、南部と北部へとアメリカ軍が進行した歴史を恥ずかしながら私は今回の旅で初めて知った。
 嘉手納基地をあとにして、私たちは、一旦那覇にあるホテルに戻った。
 さて、今日の夕食は、カラハーイで音楽を楽しみながらということにした。
 アメリカンビレッジのサンセットビーチにあるカラハーイのある北谷町へタクシーで向かうため、那覇から北東に北上する。車で1時間くらいか。
 りんけんバンド照屋林賢がオーナーの店で、食事をしながら、ティンクティンクの沖縄ポップスを楽しんだ。