伊藤博文・津田梅子を扱った劇「駅・ターミナル」(堤春恵作)を観た

駅・ターミナル

 堤春恵作「駅・ターミナル」という劇を見てきた。
 堤春恵さんの作品を今まで私は一度も見たことがない。堤春恵さんは、なんでも明治という時代にこだわり、「異文化に触れた人々の葛藤を描いてきた」劇作家だという。「駅・ターミナル」は、伊藤博文と津田梅子という二人の歴史上の人物を扱った硬派の歴史劇だったが、私はこれを大変面白く観た。
 以下は、「駅・ターミナル」のasahi.comの紹介。

伊藤博文・津田梅子の交流 堤春恵、明治描く新作劇
2007年09月28日15時42分


 伊藤博文と津田梅子を通して、明治という時代を見つめた堤春恵の新作劇「駅・ターミナル」(末木利文演出)が10月4〜14日、東京・東池袋にできた劇場「あうるすぽっと」で上演される。
 堤はこれまでも「仮名手本ハムレット」などで、異文化に触れた人々の葛藤(かっとう)を描いてきた。今回の主人公は、明治初めの「岩倉使節団」でともに海を渡った2人。近代日本の指導者と、米国で教育を受け、自立を模索した女性の約40年に及ぶ関係を、2人が乗る列車の中を舞台につづる。
 堤は「岩倉使節団には前から興味があり、いろいろ調べていました。初めは、津田ら女子留学生の友情に焦点を当てた作品を構想していたのですが、伊藤が、調べれば調べるほど魅力的に思えてきた。それに引っ張られて、こういう形になりました」と話す。
 伊藤を外山誠二、津田を久世星佳が演じる。金子由之、村上博、林次樹、内田龍磨らが共演。

 1871年岩倉使節団は、横浜港からワシントンを訪問し、その後、約2年間、英米とヨーロッパを中心にまわってきた。これに伊藤博文も津田梅子も乗船していた。
 当時6歳の津田梅子は船上で7歳の誕生日を迎え、都合11年間アメリカ合州国に滞在した。梅子が帰国したときには、母語である日本語の方がおぼつかない状態だったという。帰国後、梅子は華族女学校などで教育に従事するが、さらに渡米してブリンマーカレッジ(Bryn Mawr College) に約2年間の留学をし、生物学をおさめる。梅子の生物学もたいしたものだったらしいが、それを捨てて彼女は日本の女子教育に貢献する。津田梅子は、津田塾大の前身である女子英学塾をつくったことでも有名な人物だ。
 一方、伊藤博文は、吉田松陰松下村塾に学び、イギリスに秘密留学し、岩倉使節団の副使として欧米各国を訪問、その後内閣総理大臣になること数度、1905年には韓国総監となる。「駅・ターミナル」でも扱われていたが、ハルビン駅で、安重根(アンジュグン)に撃たれてしまう。
 「駅・ターミナル」は、日本近代化の波の中で、英米的価値観を深く学んだ二人の日本人だが、どう学んだのか、とりわけ伊藤の男性的視点と津田の女性的視点とを対照的に扱いながら、それを描いていたように思う。西洋、とりわけ英米を学んで、歴史的にどうしようとしたのか、これからの問題として、どうしようとするかはいまだに重要なテーマに他ならない。
 ワシントン、ボストン、大連*1が話題として登場し、新橋駅、ハルビン駅と、鉄道の駅だけを舞台の大道具に使って、劇は展開していく。
 鉄道の敷設は近代化の象徴である。国内社会の組織化である。そして、ときに領土の拡張、膨張政策の象徴でもある。さらにいえば、延々と伸びていく鉄道は、近代化の象徴であるとともに、国境を越えていこうとする知的精神の発揚でもある。
 駅・ターミナルは、人が出会い、また、方向を変える場所でもある。駅・ターミナルは、伊藤の生き方と、津田梅子の生き方の差違を象徴する場所でもあったに違いない。それを象徴するものが、劇中に使われていた、両者のトクヴィルのDemocracy in Americaの読み方なのだろう。

*1:大連も含めて、劇中に登場してきたいろいろな地域が、私も訪れたところが多かった