職人・山下達郎の新譜「Ray of Hope」

amamu2011-08-30


 きれいで完成度が高く美しすぎる音楽よりも、むしろ未完成でも表現者の感性が表現されている音楽が好きな嗜好性が俺にはあるのだろう。山下達郎と同世代の俺だが、特別山下達郎のファンということではなかった*1

 特別のファンではないけれども、7月31日、8月7日、8月21日、8月28日と4回にわたって連載された「仕事力」と題した朝日新聞広告欄の山下達郎の談話を面白く読んだ。

 一人でそれ(音楽)と向き合っていると宇宙の果てまで連れて行ってもらえるような深い感動がありました。


 ポピュラー音楽が文化の中心だった時代の申し子である山下達郎。「レコードを聴くためには家に帰ってその場にいないとダメだから、音楽と対峙し集中する。するとそこに『ミクロコスモス』が出現する」というのは、同世代だからか、俺にもわかる。

 新人バンドなどがよく説得される言葉が「今だけ、ちょっと妥協しろよ」「売れたら好きなことができるから」。でもそれはうそです。自分の信じることを貫いてブレークスルーしなかったら、そこから先も絶対にやりたいことはできない。やりたくないことをやらされて売れたって意味がない。そういった音楽的信念、矜持を保つ強さがないとプロミュージシャンは長くやっていけないのです。


 山下達郎は矜持を保つ信念の人。



 僕はアーティストという言葉が好きではありません。知識人とか文化人といった、上から目線の「私は君たちとは違う」と言わんばかりの呼称も全く受け入れられない。名が知られていることに何の意味があるのでしょうか。市井の黙々と真面目に働いている人間が一番偉い。それが僕の信念です。


 「知識人」とは、真理探究の人。真理の前にはひざまずく人。迫害や批難を恐れず、少数派であっても勇気を示せる人。ということでは、「上から目線」というコメントはあたらないと思うが、市井の真面目に働く人を尊敬すべきという山下達郎の視点に間違いはない。

 

 指物師が尺も何も使わずに自分量で切って、ビシッと寸分違わず枠をはめるとか、グラインダーの研磨の火花でアンチモンが何%入っているか分かるとか、本物の職人技を見ると心底感動します。きっとそういう職人たちは有名になることにはこだわりがないでしょう。人の役に立つ技術を自分の能力の限り追い求めているだけ。それが仕事をする人間の本来の姿だと思います。


 山下達郎の姿勢は、まさに職人。

 職人・山下達郎の今回の新譜「Ray of Hope」を聴くと、「俺の空」をはじめ、「AH人生はたった二秒で AH何もかも変わってしまう けれど、けれど…」(「いのちの最後のひとしずく」)と歌われるように、どうしても、3・11以後の音楽として聞いてしまう。

 山下達郎の音楽がそれほど好きでなかった俺でも、ポスト3・11のアルバムとして「Ray of Hope」は愛聴盤になりそうな気持ちで聴いている。
  

*1:山下達郎の「On the Street Corner 3」「JOY」「Greatest Hits」などは持っているが、山下達郎のファンということではない。だが、最新版の「Ray of Hope」は好きになれそうな一枚。それでも「バラ色の人生 ラヴィアンローズ」は好きになれそうにない。