「安保キーマン、火種 礒崎補佐官、「法的安定性関係ない」発言撤回」

amamu2015-08-05


 以下、朝日新聞デジタル版(2015年8月4日05時00分)より。

法的安定性は関係ない――。安倍晋三首相の側近、礒崎陽輔首相補佐官の発言が安全保障関連法案の新たな火種になった。野党の追及に対し、政権は幕引きを図ろうと礒崎氏を国会で陳謝させたが、法案作成に深く関与した一人だけに、与党内でも辞任を求める声がくすぶる。秋の自民党総裁選を前に、支持率が低下傾向にある政権の体力がさらに奪われる可能性もある。


 ■公明反発、なお不満も

 「大きな誤解を与えてしまった。大変申し訳なく思います」。安全保障関連法案を審議した3日の参院特別委員会の冒頭、礒崎氏は3回「おわび」という言葉を使い、頭を4回深々と下げて発言を撤回、陳謝した。一方で辞任は否定した。

 安倍政権は首相補佐官参考人招致に応じるという異例のカードを切り、早期の幕引きを図ろうとした。礒崎氏は安全保障関連法案をめぐる憲法解釈の変更や法案化の実務に政府の立場から関わった「当事者」。それだけに、連立を組む公明党が怒ったからだ。

 3日に首相官邸で開かれた政府与党連絡会議。公明の井上義久幹事長が「政府関係者から法的安定性についての発言が出たことは遺憾だ」と批判すると、安倍首相は「首相補佐官の発言をめぐり、ご迷惑をおかけしている」と陳謝した。

 そもそも公明の支持母体の創価学会には、法案への拒否感が強い。それなのに自民自らの失態。創価学会幹部は「国会審議で『これではダメだ』という世論が広がっているのに、さらに薪をくべ、油を注いだ」。

 創価学会に対し、公明が強調してきたのが「法的安定性」だった。山口那津男代表が「法的安定性が確保できなければならない」と訴え、法案は憲法の枠内と支持者に主張してきた。

 だが、「平和の党」を掲げる公明には安保関連法案の影響で支持層が離れてしまうという危機感が募る。2日投開票の仙台市議選では全体では1議席増だったが、候補者を増やした選挙区以外では前回より得票が減り、党内に衝撃が走った。井上氏は政府・与党連絡会議で「安保法制の議論でのさまざまな言動が影響がなかったとは言えない」と不満をあらわにした。

 一方、党幹部は「礒崎氏は国民に謝罪したのと同じだ。見守っていくしかない」といったん矛を収める方針だが、秋には与野党対決とみられる岩手県知事選や参院岩手選挙区補選が予定され、自公の選挙協力に影を落とす可能性もある。

 自民内にも礒崎氏に冷ややかな声がある。6月には、首相側近の加藤勝信官房副長官萩生田光一・党総裁特別補佐が関わった党の勉強会で、政府に批判的な報道や世論を威圧する発言が出た。党幹部の一人は「首相の『応援団』が足を引っ張っている。礒崎氏を早く辞任させるべきだ」と話す。

 だが、安倍首相には現時点で礒崎氏を更迭する考えはない。「政治とカネ」などの問題を抱えた小渕優子経済産業相、松島みどり法相を電光石火で辞任させた当時と違い、支持率が低下傾向にある今、安保関連法案作成の中心になった礒崎氏を更迭すれば、野党が勢いづく可能性がある。9月の自民党総裁選後に内閣改造を予定しており、そこで、新国立競技場の建設問題を抱える下村博文文部科学相とともに交代させる可能性が高いとみられる。

 ただ逆に言えば、そこまで礒崎氏を続投させれば、野党に追及の材料を与え続けることになる。内閣支持率への影響も予想され、自民参院会長経験者は「来年の参院選は安倍首相では戦えないという声が出てくるかもしれない」。

 (池尻和生、星野典久)


 ■野党、下村文科相にも矛先

 一方、野党側は「参院の審議が衆院と同じことの繰り返しになっている」(民主党幹部)ともみていただけに、礒崎氏の「法的安定性」発言を新たな政権への攻め口にすることを狙う。

 「礒崎氏が辞めるのは当然だが、安倍首相の任命責任を厳しく追及する。『礒崎問題』というより『安倍問題』だ」。民主党枝野幸男幹事長は3日、記者団に語った。維新の党の柿沢未途幹事長も「(政権は)幕引きを図ることができると思っているのかもしれないが、極めて甘い」、共産党山下芳生書記局長も「辞任もしくは首相による罷免(ひめん)を求める」と述べた。

 野党は礒崎氏に加え、新国立競技場の建設計画の白紙撤回問題で下村文科相にも矛先を向ける。7日には衆院、10日には参院予算委員会で新国立問題をめぐる審議が予定されており、下村氏の辞任を求めて責任を追及する方針だ。

 野党は、礒崎氏と下村氏が首相に近いことから、「首相のお友達の問題だ」(民主の細野豪志政調会長)と位置づける。首相は現段階で更迭の意向がないとみられ、首相が2人をかばっていることを世論に印象づけたい考えだ。

 (高橋健次郎)


 ■礒崎氏 有事法制で首相と接近/元官僚、立法事務が得意

 首相補佐官は内閣法で「内閣の重要政策で首相を補佐する」とされ、首相の政策実現をサポートする「懐刀」と言える。安倍内閣は計5人の補佐官を置くが、礒崎氏は、首相が重視する安保政策や憲法改正で重要な役割を担ってきた。

 礒崎氏は東大法学部を卒業後、1982年に旧自治省に入省。02年には内閣参事官として有事法制の中の国民保護法の整備を担当し、当時、官房副長官だった安倍首相との関係を築いた。官僚が愛読する「分かりやすい公用文の書き方」など多数の著書があり、議員の中でも特に立法事務にたけていることで知られる。07年に参院大分選挙区で当選し、2期目。

 補佐官としては特定秘密保護法で与党との協議などを担当した。

 自民党憲法改正推進本部事務局長も務める。党憲法改正草案の作成に関わり、同党が改憲をPRするために作った漫画「ほのぼの一家の憲法改正ってなあに?」の原案を書いた。憲法によって政治権力を縛る「立憲主義」について、12年5月に自身のツイッターで「学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか」と述べていた。

 (石松恒)


 ■礒崎補佐官の「法的安定性」発言(要旨)

 時代が変わったから(といって、自衛権の行使は)必要最小限度という憲法解釈は変えていない。政府はずっと必要最小限度という基準で自衛権を見てきたが、40年たって時代が変わった。だから集団的自衛権でも、我が国を守るためのものだったらよいのではないかと提案している。

 そうしたら何を考えないといけないか、と。法的安定性は関係ない。我が国を守るために必要な措置であるかどうかを基準にしなければいけない。我が国を守るために必要であることを日本国憲法がダメだと言うことはあり得ない。本当に今我々が議論しなければならないのは、我々が提案した限定容認論の下の集団的自衛権は、我が国の存立を全うするために必要な措置であるかどうかだ。「憲法解釈を変えるのはおかしい」と(言われるが)、政府の解釈だから、時代が変わったら必要に応じて変わる。(7月26日、大分市での講演で)