「「いつか教科書に載る景色」 国会前デモ、なぜ広がった」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2015年8月31日05時10分)から。

 安全保障関連法案を審議している国会議事堂は30日、法案反対の声に包まれた。安倍政権の政策すべてに反対というわけではないという人もおり、デモ参加者は立場を超えて法案反対で足並みをそろえた。今後はデモが一過性に終わらず、投票を通じた政治参加につながるかも焦点になる。

 小雨の国会前。色とりどりの雨傘の間から学生団体の声が響き、労働組合や宗教団体ののぼり旗が林立した。老若男女が声を上げた。

 喧噪(けんそう)の中心に、学生団体「SEALDs(シールズ)」がいた。正式名称は「Students Emergency Action for Liberal Democracy−s」(自由と民主主義のための学生緊急行動)。憲法記念日の5月3日に、都内の大学生十数人が中心になって立ち上げた。彼らの声は、ツイッターなどを通じて拡散。毎週金曜日の抗議活動は、回が重なると人数が増えた。

 早稲田大1年の広内恒河(こうが)さん(19)は「いつか教科書に載る景色ですね」と漏らした。安保法案は「解釈改憲というプロセスが違憲」と思う。アベノミクスは「必要な施策」と肯定的だが、地元の岩手で総選挙前に街頭演説をした安倍晋三首相が、安保法制にあまり触れなかったのが疑問だった。「安保法案が後で出てきた。だますつもりだったんだ」と思い、7月から国会前に足を運んでいる。

 都内の弁護士の男性(77)は、「山積みの仕事」を放り出して、国会前に足を運んだ。「これだけの声を反映できない安保法案は、国民主権をないがしろにするものだ」と話す。

 60年安保闘争の光景が浮かぶ。学生仲間と腕を組み国会前を歩いた。「動員が多かったからね。今日は市民が自発的に集まっている。いい光景じゃないか。民主主義が定着したんだね」と目を細めた。

 都内の大学院生の女性(24)は「安保法案は要件や基準が拡大解釈される危険性がある」と話す。抗議活動にはためらいがあった。「SEALDsの存在が後押しになり、声を上げていいと実感できた」(後藤遼太)


■首相周辺「若者は現実を知らない」

 一連のデモの広がりを政権や政党はどう受け止めているのか。

 政権側はおおむね否定的だ。菅義偉官房長官は28日の記者会見で「デモのなかで『戦争法案』『徴兵制復活』と宣伝され、大きな誤解を受けていることは極めて残念だ」と語った。首相周辺の一人も「デモに参加する若者は理想や建前に走り、現実を知らない。世界では戦争が起きている。日本が何もしないわけにはいかない」。報道各社の世論調査内閣支持率が40%前後あることもあって「国民的なうねりにはなっていない」(首相周辺)とみる。

 ポピュリズム大衆迎合)批判もある。自民の谷垣禎一幹事長はデモについて「民主主義社会で、自分たちの主張をきちっと主張する方法がなければいけない」と一定の理解を示しつつ「いたずらに興奮とポピュリズムを巻き起こすものなら好ましいと言えない。民主主義の質を高めるという観点からやっていただけたらありがたい」と語った。

 一方、民主党など野党4党の党首は30日の国会前でのデモに参加した。岡田氏は28日の記者会見で「政治家であれば、全国でこれだけの人が立ち上がることは大きな意味があると感じ取るべきだ。国民がそういう形で意思を表すのは価値あることだ」と語り、デモの意義を認める。

 維新の党の今井雅人政調会長は同日の会見で「自ら声を出し、主張することはいいことだ」と述べる一方、「普段から声を出すのなら選挙にも行くことだ。投票率低下は民主主義にとって危機だ。自分の手で政治を決めてほしい」と語り、デモを一過性に終わらせず、選挙の際に投票で意思を示すべきだとの考えを強調した。


■「60年代以来の規模」海外メディア報道

 安保関連法案への反対デモについて海外メディアは、若い世代の抗議の広がりを中心に伝えている。

 米英メディアは日本時間30日午後、主要ニュースとしてデモの様子を報じた。英BBCのリポーターは国会前からデモ参加者を背に中継。「子どもたちを戦争に行かせたくない」と訴える声を伝えた。AP通信は「労働組合や年配の左翼活動家によるデモが一般的だった日本で、学生や若い母親によるデモに注目が集まっている」と報じた。

 一連のデモを「1960年代以来の規模」と指摘したのはロイター通信。60年代の学生運動とは異なって暴力を否定していることや、平和主義的な憲法の尊重を求めていることを、学生団体「SEALDs」の中心メンバーに取材して伝えた。仏AFP通信は、音楽家坂本龍一さんが国会前のデモに参加したことを紹介。若者の抗議は「法案に反対する声の広がりを物語っている」とした。

 一方、中国国営中央テレビは30日、国会前の映像を含めて繰り返しデモについて報道。「多くの国民が、この法案が日本の平和憲法のあり方に挑戦するものであるとして廃案を求めた」と伝えた。


■議論が二極化するおそれも

 湯浅誠・法政大教授(元反貧困ネットワーク事務局長) デモは憲法で認められた重要な表現形態で、政権は耳を傾けるべきだ。一方で、デモの際のシンプルなスローガンは参加者の求心力を高めるために有効だが、議論が二極化するおそれもある。安全保障関連法案の賛成派は「平和を守る」、反対派は「戦争になる」と言ってかみ合わなくなると、結果的に、国会における数の力で原案通り通過してしまう。

 私たちは主権者として、この国の行方に最終責任を負い、結果責任を免れない。一連のデモは政治をより身近で切迫したものと感じさせたが、議論や対話をして民主主義の成熟につながることを望む。そうすれば投票率も向上し、より民意に近い政治が実現する。


■為政者と民意の間にずれ

 吉田徹・北海道大准教授(欧州比較政治) 英米仏各国と比べ日本は、デモに参加したり集会に出席したりするといった投票以外の政治参加が少ないという調査もある。デモも含め、民意の表し方は多様なほうが長期的にみて政治体制は安定する。

 代表制民主主義は選挙が基本だが、消費税やアベノミクスなどの争点をめぐって国民の価値観が多様化する中、代表にすべてを任せるのは無理がある。安保法案について世論調査で反対や慎重論が多数を占め、反対デモが起きているのは、為政者と民意の間にずれが生じているからだ。政策を丁寧に説明し有権者の声を聞く取り組みが不十分であることを政治家はわきまえるべきだ。

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 〈集会の自由〉 集会を開いたり、集団で意思や主張を示すデモをしたりすることは、憲法21条で「集会の自由」として保障される。基本的人権の中でも重要な「表現の自由」の一つとされる。1963年、米国で人種差別撤廃を訴えて20万人以上が「ワシントン大行進」を行い、公民権法の制定につながった。日本では60年に日米安保条約改定に反対する「安保闘争」でデモ隊が国会を囲んだ。当時の岸信介内閣は混乱の責任をとって総辞職した。