「「加害者の自覚」教育で」 

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 以下、朝日新聞デジタル版(2015年9月11日05時00分)、「DV防止法15年」の「下」から。

 ■勇気出し提案、夫の態度に変化

 関東地方に住む男性会社員(41)は7年ほど前、妻(53)からこう切り出された。

 「あなたのしていることはDVです。ここに行ってくれないなら離婚します」

 妻を殴った直後に、加害者教育を受けるよう迫られたのだ。妻が勇気を振り絞っているのがわかった。

 殴ったのは良くなかったかもしれない。でも、怒らせる妻も悪いのではないか。とにかく絶対に別れたくない……。さまざまな思いがわき起こったが、2010年1月、妻の要求に従うことにした。

 男性が通い出したのは、民間団体「アウェア」(東京都)が行っている加害者教育。毎週1回2時間のプログラムで、料金は1回3千円かかる。被害者であるパートナーが「十分に変わった」と言うまで通う決まりで、妻の求めで来る人が多かった。

 他の参加者らの前で自分の行為を話すと、「都合の良いことしか言っていない」と突っ込まれたり、「こうしたらうまくいった」と助言されたり。これを毎週繰り返すうちに、DVの加害者だという自覚が出てきた。

 「夫の方が偉い」という価値観があり、妻が自分の意見を聞き入れないと殴った。「妻は夫を最優先にすべきだ」と考え、電話に出ないと怒鳴った。「妻はいつも笑っているべきだ」と思い、不機嫌そうだと馬乗りになって暴力をふるった。自分の価値観が正しいと思い、相手の気持ちは考えもしなかった。

 アウェアの加害者教育では、力を使ってパートナーを自分の思い通りにすることがDVだと徹底して教える。その「力」は殴る蹴るといった身体的暴力だけでなく、言葉で相手を否定する精神的暴力、お金を借りさせる経済的暴力、性的暴力もある。

 男性は身体的暴力をやめ、一時期は増えた精神的暴力も減ってきた。うつ病にもなった妻が半年前からアウェアの被害者支援を受けるようになったからだ。妻は「今の言い方は怖かった」などと言えるようになり、男性が態度を変えるきっかけになった。

 妻は「DVが完全になくなったとは今も言えないが、暮らしやすくなった。被害者が加害者に『教育を受けて』と言うのはとても勇気がいる。行政や司法で受けさせる仕組みができれば、救われる人が増えるはずだ」と話す。


 ■保護観察対象者、1対1の指導

 アウェアの吉祥眞佐緒(よしざきまさお)事務局長によると、加害者の男性には共通の傾向がある。「自分は配偶者より優秀で正しい」という思いがあり、「家事は女性がすべきだ」などと男女の固定的な役割分担意識が強い。暴力を「相手のせいだ」と責任転嫁する人も目立つという。

 プログラムは、こんな意識を捨てて相手を尊重することを目指す。「被害者が逃げることが日本のDV対策の中心になってきたが、逃げられない人も少なくない。効果は簡単に出ないが、加害者教育を望む人に応える必要がある」と吉祥さん。

 一方、加害者教育には課題もある。プログラムを受けた加害者を被害者が過度に信用し、かえって危険な目にあう恐れが指摘されている。アウェアの場合、「簡単には変わらない」ことを被害者に事前に伝え、危険だと判断したら警察や被害者に連絡する。

 加害者教育を行っている民間団体は全国に少なくとも十数団体あるとされる。DV対策を担当する内閣府は今年度、民間団体の質や教育内容の調査に初めて乗り出す。教育内容や被害者の安全確保策などを聞き取ったうえで、有識者で協議。ガイドラインづくりも視野に入れている。

 法務省は08年度から、暴力犯罪を繰り返して保護観察中の成人に教育プログラムの受講を原則義務づけた。だが、「配偶者だけに暴力を振るう人が多いなど、DVは他の暴力とは違う特徴がある」という意見を受けて教育内容を検討。今年度から保護観察中のDVの加害者に対し、教育プログラムにDVも加えた。

 法務省のプログラムでは、保護観察官が1対1で指導。「パートナーが遅く帰ってきた」といった具体的な場面で、どういう態度を取るべきなのかを考える。民間とは違い、このプログラムを受けないと仮釈放や執行猶予を取り消すなど強制力がある。

 全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられたDVの相談件数は増え続け、14年度には10万件を突破した。DV問題に詳しいお茶の水女子大の戒能民江(かいのうたみえ)名誉教授は「DV加害者のうち、民間や国の教育を受ける人はごく一部。多くの人は自分が加害者だと気づいていない」と指摘。「DVは重大な人権侵害だと、社会全体の意識を変える必要がある」と訴える。

 (長富由希子)