水木しげるさんの「ゲゲゲのゲーテ」を読んだ

「ゲゲゲのゲーテ」(2015)

 水木しげるさんの「ゲゲゲのゲーテ」を読んだ。

 1940年。水木は18歳。いつか召集され、戦場で死ぬかもしれないという恐怖を克服するために、水木は、ゲーテに限らず、聖書やニーチェショーペンハウエル、カントをむさぼるように読んだという。そして、生きていくうえでの基準が満載されている「ゲーテとの対話」を発見した。「イタリー紀行」や「ファウスト」も読んだが、わからなかった。水木に臨時召集令状が来たのは、1943年4月。死ぬ意味について出征直前まで考えてきたが答えは見つからず、水木は雑嚢に岩波文庫の「ゲーテとの対話」上中下観を忍ばせて鳥取連隊に入隊した。その「ゲーテとの対話」は、持ちかえられ、上下巻は水木プロダクションに保存され、中巻は境港の水木しげる記念館に現物が展示されている。

 水木:ゲーテはひとまわり人間が大きいから、読んでいると自然に自分も大きくなった気がするんです。(p.15)

 水木:他人と比べるから不平不満を感じるわけですよ。本人が納得して満足すれば、それが幸せってことになるんじゃないですか。出世して自分だけいい思いをしようと思ったら、ニーチェの思考ですよ。(p.16)

 水木:「ファウスト」や「イタリー紀行」なんかも何回も繰り返して読んだけど、もっとも愛読したのはエッカーマンが書いた「ゲーテとの対話」です。水木サンはゲーテの作品よりも、ゲーテ本人に興味があるんです。だから「ゲーテの対話」を何回も読んで、ゲーテの言葉を暗誦してましたよ。(p.18)

 以下は、「ゲーテの対話」から、いくつかの引用。

明晰な文章を書こうと思うなら、

その前に、彼の魂の中が明晰でなければだめだし、

スケールの大きい文章を書こうとするなら、

スケールの大きい性格を持たなければならない

 <上巻 164ページ>

なにもかも独学で覚えたというのは、

ほめるべきこととはいえず、

むしろ非難すべきことなのだ

 <上巻 285ページ>

偉大なものは、ひたむきで、純心な、

夢遊病者のような創造力によってのみ産み出される

 <下巻 49ページ>

どんな状態にも、どの瞬間にも、

無限の価値があるものだ。

なぜなら、それは一つのまったき永遠の姿、

その代表なのだから

 <上巻 97ページ>