「教え子の死、上手に叱る温かさがあれば…… 悔やむ担任」

 f:id:amamu:20051228113104j:plain

 以下、朝日新聞デジタル版(2017年4月26日05時06分)から。

■小さないのち 大切な君

 3月下旬の早朝だった。「生徒が亡くなった。すぐ学校に来てほしい」。兵庫県立高校に勤めていた男性教師は十数年前、校長からの電話に手が震えた。生徒指導で関わっていた1年生の男子生徒だという。学校に向かう間、自問を繰り返した。まさか自殺なんて。何でや、何でや……。

 前日、喫煙したとして校長室で指導したばかりの生徒だった。母親がいる前で校長と教頭が順に叱った。生徒指導部長だった男性教師も「反省せい」と注意した。処分は「無期限の家庭謹慎」。生徒は立ったままうつむき、涙を流していた。その夜、自宅を出て命を絶った。遺書はなかった。

 男子生徒は前年末、テストで友人のカンニングに協力したとして無期限の謹慎処分を受けていた。実際は7日間。「質実剛健」の校風がある同校では、問題を繰り返すと罰を徐々に重くしていた。「今度はもっと長くなる、と思ったのでは」。男性教師は、生徒の心中を察する。

 校長らと男子生徒宅を弔問した。「こんな目に遭う子を二度とつくらんといてください」と祖母に泣きながら訴えられた。母親からは後にこう言われた。「子どもの自尊心はずたずたになった。救いの手を差し伸べる先生が1人でもいてくれていたら」

 男性教師は翌年度、生徒指導のあり方を改めることを職員会議に提案した。

 「無期」の謹慎が生徒の不安を強くしていると考え、「当分の間」とした。罰を徐々に重くするのもやめた。生徒への聞き取りは1時間以内、行き過ぎないよう複数の教員で指導する、といった配慮も重ねた。「子どもは失敗しながら成長する。やり直す機会を与えることが大切」

 異動先の高校でも生徒指導部長を任され、ルールを変えた。「そんな甘いことでどうする」との声も出たが、「教師と生徒が信頼関係を築き、問題を予防することが生徒指導」と、曲げなかった。

 自殺した男子生徒の担任だった男性教師も、当時の指導を「上手に叱る温かさがなかった」と悔やむ。その後、県立高校の管理職になり、最近、自ら飲酒や喫煙をする動画をSNSに載せた男子生徒を指導した。なぜしたのかをじっくり聞いた後、こう言葉をかけた。「あなたは自分で思っているよりも頭良いよ。自分の良さを考えて進めば、良い方向に変わっていく」

 その指導が正しかったのかはまだ分からない。成長をじっくり待つつもりだ。

■子の言い分、耳傾けて

 親や教師が叱ることが、子どもの心を追い詰めてしまうことがある。成長過程で、ときに問題行動も起こす思春期の子どもたちと、どう向き合えばいいのか。

 教育評論家の武田さち子さんが、教師の指導で追い詰められた子どもが自殺した「指導死」の事例を新聞などで調べると、1989年以降、61件あった。警察庁の統計によると、2016年に小中高生320人が自殺した原因(複数の場合あり)で、「教師との人間関係」は2人、「家族からのしつけ・叱責(しっせき)」は20人だった。

 住友剛・京都精華大教授(教育学)は「子どもへの理解や手法を間違うと追い詰めてしまう」と話す。反省しているのに殊更にだめなところを探し、どこまで反省すれば許してもらえるのかわからないと、子どもは選択肢を失ってしまうという。

 「『指導死』親の会」代表世話人大貫隆志さん(60)は17年前、当時中学2年生の次男陵平さんを自殺で失った。学校でお菓子を食べ、ほかの生徒とともに教師の指導を受けた翌日のことだった。

 大貫さんは「『だから君はだめなんだ』と責めるのではなく、子どもの言い分に耳を傾け、『本当の君ならしないよな』などと諭すことが重要だ」と話す。「そうした接し方は親が叱る場合にもあてはまるのではないか」

 一方、大阪市総合医療センターの飯田信也・児童青年精神科部長は「問題行動は、保護者や教師への『SOS』という側面がある」と指摘。行動した時の気持ちを聞くことが大事で、話を聞くうちに、本人も自覚できていなかった、背景にある怒りや悲しさが分かってくる。「自分の気持ちを言葉で表現できると問題行動は減っていく」という。

 斉藤卓弥・北海道大学特任教授(児童思春期精神科)によると、親や教師が「してはいけないこと」と「してほしくないこと」を区別せずに叱ると、子どもは何が大事か分からなくなるという。喫煙や他人への危害など「してはいけないこと」は理由を説明してやめさせる。してほしくないことは、まず問題行動をとった理由を聞き、どうすればいいか、ともに考える姿勢が大事だという。「問題行動を、叱る対象ではなく、子どもの悩みを解決する機会ととらえて」と斉藤さんは訴える。(片山健志、大岩ゆり)


 朝日新聞の「このシリーズでは、子どもが自ら命を絶つことのない社会を願って取材に応じてくれた自殺未遂の経験者や遺族、教師、医師らの証言に基づき、私たちにできることを考えます。「手段を詳しく伝えない」「どこに支援を求めることができるのかについて情報を提供する」など、世界保健機関(WHO)が出した自殺報道に関する手引を念頭に伝えていきます」という。