「時間切れの多数決はだめ 尾木直樹さんに聞く「共謀罪」」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2017年6月9日04時17分)から。

 「共謀罪」の趣旨を盛りこんだ組織的犯罪処罰法改正案が国会で議論されている。政府は「テロ対策に必要」との立場だが、捜査当局による乱用や「表現の自由」などの侵害を危惧する声もある。

 教育評論家の尾木直樹さん(70)は、「共謀罪」の賛否をめぐる国会論戦に疑問があるという。異なる意見を持つものにどう向き合うべきか、教育現場で得た経験から語ってくれた。

《こんな議論を国会で続けていたら、超まずいですよ。》

 国会審議を見ていても、与野党の主張が平行線のまま。これじゃ、国民の理解は深まりません。わたしもその一人です。

 五輪を無事に開催するにはテロ対策は重要。だからテロ防止に有効な国際条約に加盟するため、法整備が必要なんだ――。与党の説明はここまで、とってもわかりやすかったわ。

 ところが、条約に加わる指針をつくった米教授本人が「条約の目的はテロ対策ではない」と明言する報道で、混乱したの。野党が国会でこの点を突いても、与党は同じ説明を繰り返すだけ。正しい選択との確信があるのなら、「それでも我が国には、こんなメリットがある」などと反論してほしい。

 十人十色という言葉があるように、誰かと意見が異なるのは当たり前。大事なのは、自分と異なる意見にも耳を傾け、相手の立場になって受け止めること。それから、共通する大きな目的を達成するため、話し合うことです。

 生徒指導に長く関わった経験から言うと、ここで一番やっちゃいけないのは、時間切れの末の多数決なの。結論への納得感がないと、必ずトラブルが起きましたから。

 議論を戦わせて、両者が一番納得できる考えや、新たに生まれた第三の道が見いだせないうちは、継続審議にすべきです。国民的理解が得られないうちは慌てないのが、民主主義の原則ではないでしょうか。

 議論に応じたり、疑問に答えたり、そんな姿勢が感じられない国会でのやりとりを、子どもたちもよく見ているでしょう。大人として恥ずかしくて、子どもたちに謝りたい気分です。

 もう一つ。ようやく昨年18歳選挙権が導入され、本格化した主権者教育への影響も心配なの。

 子どもたちが興味を持って足を運ぼうとしている集会の主催団体が、実は捜査の対象になるかもしれないとわかったら、教師としては止めざるを得ません。

 軽々に動いちゃだめよ、と言い続けると、子どもたちの政治への関心にどんどんブレーキをかけることにもなる。子どもたちの関心もいつしか消えていくでしょうね。

 学校は民主主義のトレーニング場と言われます。「共謀罪」をめぐる議論って、本当はとってもいい学習素材になるはずなんだけど。

 そういえば、日本政府は18歳未満を「子ども」と定義する「子どもの権利条約」を94年に批准しています。18歳以上は成人なのだから、それに合わせて様々な国内法を整えなくてはならないのに、18歳選挙権が実現するまでに、20年以上も放置しました。

 すぐに対応しなければならない国際条約と、そうでない条約があるなんて、ご都合主義だし、一貫性がないと思わない?(聞き手・山本亮介)

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 〈おぎ・なおき〉 「尾木ママ」の愛称で親しまれる教育評論家。東京都内の私立高や公立中で22年間教壇に立ち、法政大教授(臨床教育学)を経て、現在は同大特任教授。著書に「取り残される日本の教育」「しつけない道徳」など。