「「共謀罪」表現、文化にとっては致命的 小澤俊夫さん」

f:id:amamu:20051228113106j:plain

 以下、朝日新聞デジタル版(2017年6月8日11時48分)から。

 「共謀罪」の趣旨を盛りこんだ組織的犯罪処罰法改正案が国会で議論されている。政府は「テロ対策に必要」との立場だが、捜査当局による乱用や「表現の自由」などの侵害を危惧する声もある。

 市民が治安維持法におびえた戦前や戦中を知る文学者の小澤俊夫さん(87)は、言論統制が学問に与える悪影響に警鐘を鳴らす。

 《「空気を読む」日本人と「共謀罪」が合わさると、とても怖い。》

 小学生だったころ中国にいた。当時は日中戦争の最中。小学校の同級生たちと陸軍病院を慰問すると、兵隊さんが喜んで「行軍中、道沿いの女子どもはスパイだから皆殺しだ」「捕虜を機銃掃射した」と手柄話をする。子供心に「人殺しじゃないか」と思ったけど、とても口に出せない。戦争に否定的なことを言おうものなら、どんな目に遭うか分からない。「治安維持法は恐ろしい」と染みついていた。

 ところが、北京で評論雑誌を出していた父・小沢開作は「日本は中国民衆を敵に回した。戦争には勝てない」と明言して軍部を激しく批判するものだから、思想憲兵がいつも家で見張っていた。私は憲兵に指示された父の言いつけで、雑誌の墨塗りを手伝わされましたよ。

 帰国後も、婦人会が竹やり訓練でB29に対抗しようとするのを「馬鹿か」と笑って、所轄の特高課長が毎日家で監視。それでもなぜか無事だった。いつか捕まると覚悟はしていたんだけど。戦後、父の訃報(ふほう)を新聞で読んだ特高課長から「真の愛国者だと確信していました」と手紙がきた。捕まらなかったのは奇跡的だった。この人が、上に父のことを報告せずにいてくれたのだろう。

 「共謀罪」が怖いのは、何が犯罪かを、捜査当局の末端が決めてしまうこと。治安維持法と同じだ。父はたまたま無事だったが、父の雑誌編集部員には拷問された人もいましたから。行き過ぎれば戦時中と同様に、密告社会になるだろう。

 密告社会で真っ先に標的になるのが不道徳、不健全、猥雑(わいざつ)なものだ。政府に逆らいそうな者、不届き者、「空気を読まない者」に疑いの目が向かう。戦中の日本もナチスドイツもそうだった。ヒトラーは「不健全」「退廃的」と見た芸術を排除した。表現の自由や豊かな文化にとっては致命的だ。

 口承の昔話を研究すると、権力批判や金持ちを出し抜くストーリー、悪知恵や色話は世界共通。人間の本当の姿だからだ。口承文学の基本は「弱い者が最後は勝つ」「大逆転」。興味深いことに、思想統制が厳しい国でフィールドワークをすると、昔話が政府の都合のいいように改変されていたりする。これは文化にとって大変な不幸だ。

 みなが治安維持法におびえ、「壁に耳あり障子に目あり」がはやり言葉の戦時下で、果たして今のように豊かな昔話を自由に研究できたか。恐らく、真っ先に「非国民」だとやり玉に挙がっていただろう。

 表現の自由が無くなり多様な言論が無くなると、あのときのように国全体が狂気に包まれる。兵隊の残虐な自慢に衝撃を受けた私も、終戦前はすっかり軍国少年に染まっていた。当時の日記を読み返すと、ドイツが降伏した時に「神はヒトラーを見放したのか」なんて嘆いている。恐ろしいね。思想統制の先にはそういう不幸が待っていると、私は思う。(聞き手・後藤遼太)

     ◇

 〈おざわ・としお〉 筑波大名誉教授で、専門はドイツ文学。口承文芸学者としても知られ、昔話研究の第一人者。弟は世界的指揮者の小澤征爾さん、息子はミュージシャンの小沢健二さん。