「「こんな人たちに…」 反骨心で首相が務まりますか」

 以下、朝日新聞デジタル版(2017年7月10日08時33分)から。

編集委員 松下秀雄

首相演説に「辞めろ」「帰れ」の声 都議選で初の街頭に

 東京都議選最終日の秋葉原駅前。自身に抗議する人たちを指さし、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫ぶ安倍晋三首相の姿にため息がでた。またか。

 4年前の都議選の時にも渋谷駅前で、抗議する人たちを非難した。腹の虫がおさまらなかったのか、首相はフェイスブックでも彼らを「左翼の人達」「恥ずかしい大人の代表」とののしった。実際には環太平洋経済連携協定(TPP)反対派で、日の丸を手に参加する人もいたのに。

 だいたい、批判を連呼しても主権者じゃないか。このむき出しの敵意、なんなのか。

 首相の著書「新しい国へ」を、本棚から抜き出す。自身の少年期や青年期を記したくだりを読み、へーっと思ったのは、その反骨心だ。

 高校の授業。日米安保条約破棄の立場で話す先生が、岸信介元首相の孫である自分に批判の矛先を向けているように感じ、安保条約の経済条項をどう思うかと質問した。実は条文をほとんど知らないまま突っかかった。けれど先生は、岸の孫だから読んでいるに違いない、へたなことはいえないと思ったか、不愉快な顔をして話題を変えた。

 首相はこう記す。

 「中身も吟味せずに、何かというと、革新とか反権力を叫ぶ人たちを、どこかうさんくさいなあ、と感じていたから、この先生のうろたえぶりは、わたしにとって決定的だった」

 「『お前のじいさんは、A級戦犯の容疑者じゃないか』といわれることもあったので、その反発から、『保守』という言葉に、逆に親近感をおぼえたのかもしれない」

 最近、聞いた話を思い出した。沖縄の若者には「反対派への反対」のような気分が漂う、と若者の一人が言っていた。若者には、遠くの国家権力より身近な大人たちが権力にみえ、反発しやすい。そのため、基地問題での抗議にも冷めた見方が広がるという。

 沖縄戦を体験した世代の思いは簡単には伝わらず、伝え方次第では「正義」の押しつけに映るということか。

 耳の痛い話だ。私も読者に伝わるよう、押しつけにならないよう努めているけれど、難しさは身にしみている。

 それにしても、首相は若者のつもりなのか。反骨心で務まるか。よく考えてほしい。

 あなたは先生という身近な権力に反発しました。首相という巨大な権力に反発するのがおかしいでしょうか?

 反発した相手は、安保条約破棄という自分の「正義」を押しつける先生でした。あなたは反対意見に耳を傾けていますか? 自分の「正義」を押し通していませんか?

 いま、あなたを悩ませる数々の問題の根は何か。私は、全国民を代表する立場をわきまえず、人を敵と味方にわけるあなたのふるまいだと思います。味方(お友だち)には甘い。敵はなじる。だから反対意見をいっても届かないと思い、「やめろ」と抗議するのではありませんか?

 あなたへの抗議は、けんか腰のあなたの写し絵。鏡に映る自分の姿をののしっていませんか?