「荻野富士夫氏「治安維持法と危険性共通」 「共謀罪」法」

amamu2017-07-13


 以下、朝日新聞デジタル版(2017年7月12日19時35分)から。

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が11日、施行された。政府は「テロ対策に必要」と繰り返し説明してきたが、捜査当局による監視強化や、拡大解釈による人権侵害への懸念も根強い。

 治安維持法特高警察の研究で知られる小樽商科大特任教授の荻野富士夫さん(64)は、成立後に法改正や拡大解釈を重ねて「悪法」に成長していった治安維持法と「共謀罪」の類似点を指摘し、警鐘を鳴らす。

 《「治安維持法が猛威を振るった戦前戦中と今は断絶している」。それは楽観に過ぎます。》

 都議選の最終日、安倍晋三首相は秋葉原の街頭演説で、自身をヤジる群衆を指さして「こんな人たち」と激高しました。法を運用する立場の人がこんな発想なのです。捜査当局の「市民運動や政府に抗議するやからは一般人でない」という発想につながるのではないでしょうか。

 「共謀罪」と戦前戦中の治安維持法を並べると「当時と今は違う」と反論されます。果たしてそうか。漠然とした法文が、拡大解釈の源泉となる。そんな運用上の危険性は、両者に共通していると思います。

 「希代の悪法」と記憶される治安維持法ですが、成立した瞬間からその効力を発揮したわけではありません。実は、国内では成立後2年ほどは抑制的な運用でした。

 1925年の成立時は、「国体」(天皇を中心とした国のあり方)の変革や私有財産制の否認が目的の結社を禁じました。若槻礼次郎内相は「国体変革の目的がはっきりした共産党員を処罰する」と、対象が限定されていることを強調していました。

 転機は3年後。28年の「3・15事件」で共産党員が一斉検挙され「大陰謀事件」と扇情的に報道されると、それを足がかりとして法改正が行われ、「目的遂行罪」が加わりました。結社に参加せずとも、ある行為が「結果的に国体変革に資する」と捜査当局に判断されれば取り締まり対象になります。当初若槻内相が言っていた「主体の限定」は、早くもかなぐり捨てられた。

 当局は目的遂行罪を使って拡大解釈を繰り返し、無理な取り締まりをする。それを裁判所が追認し、判例で根拠づけるというループ。こうして、治安維持法の拡大解釈は30年代後半に野放図に広がりました。

 そして41年の改正を迎えます。国体変革結社を「支援する結社」、それを「準備する結社」など、当初の限定の外側に何重も処罰の層が広がり、誰でも弾圧できるようになった。7条しかなかった条文は、65条ほどにふくれあがりました。

 治安維持法の成立時は市民や新聞も反対していたんです。ところが、改正の際には反対運動は広がらず、41年に治安維持法は「完成」してしまう。

 同じことは「共謀罪」でも言えないでしょうか。政府は最初は慎重に運用するかもしれない。人々から反対運動の記憶が薄れたころに何らかの「事件」が起きて、当局発表に輪をかけるようなセンセーショナルな報道がメディアによってなされる。人々は衝撃を受け、その衝撃を利用してより広範な取り締まりが可能な法改正がされる可能性は十分にある。

 これからが大事。市民は萎縮してはいけないし、市民運動は「決してテロ行為ではない」と自信を持って淡々と展開すべきです。メディアも当局発表を面白おかしく脚色するのではなく、そうした誘惑に耐えて検証していく姿勢を忘れてはいけません。

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 〈おぎの・ふじお〉 小樽商科大教授を経て2016年から同大特任教授(歴史学)。専門は日本近現代史。著書に「特高警察」など、治安維持法の研究で知られる。