以下、毎日新聞(2017年8月18日 東京朝刊)より。
教育現場に特定の主張を押しつけるような、危うい風潮を感じる。
教科書検定に合格した歴史教科書を採択した神戸市の私立灘中学校に対し、圧力まがいの抗議が寄せられていたことが判明した。従軍慰安婦を巡る記述が理由とみられている。
同校の和田孫博校長はてんまつを公表し「政治的圧力だと感じざるを得ない」と指摘している。教科書は、現場に詳しい教員らが内容本位で選ぶべきだ。
灘中では「学び舎(しゃ)」(東京都)が発行した中学校の歴史教科書を採択し、昨年4月から使っている。
ところが一昨年から昨年にかけて、自民党の兵庫県議や衆院議員から和田校長に「なぜ採用したのか」と問い合わせがあった。その後、同じ文面だったり、同校OBや親を名乗ったりする抗議はがきが200通以上寄せられたという。
学び舎の教科書は、第二次大戦中の慰安婦問題について、旧日本軍の関与を認めた「河野洋平官房長官談話」(1993年)を紹介している。このことが抗議の背景にあるとみられるが、採択した教科書について、個別の学校に執拗(しつよう)な抗議が集中するのは異例だ。
まず確認したいのは、教科書の採択は公立学校では教育委員会に、国立、私立の学校では校長に権限があり、その自主的な判断に委ねられていることだ。
灘中では、教員による採択委員会で使用を決めた。「歴史の基本である、読んで考えることに主眼を置いた教科書で、能動的な学習に向いている」と評価している。
文部科学省の検定に合格した教科書を教員が内容を見て、自校の教育にふさわしいと判断した。その手続きは正当であり、何の問題もない。
検定教科書の中身について、個別に批判したり意見を述べたりすることはもちろん自由だ。だが、学校側に直接介入したり、政治家が関与したりする風潮が広がると、教育そのものをゆがめてしまう。
この教科書は、難関の国立や私立の中学校を中心に38校が採用しているが、灘中以外に全国で少なくとも10校が同様の抗議を受けたという。
「教育の独立性が脅かされる」という教員の危惧はもっともだ。学校への、あってはならぬ圧力である。