山室信一著「憲法9条の思想水脈」を読んだ

憲法9条の思想水脈

 憲法9条の思想水脈 (朝日選書823)を読んだ。
 
 憲法の提唱している平和主義の基軸と構造を総合的に考えること。
 それぞれの思想は単純ではなく、対抗・拮抗している。その構造をとらえること。
 歴史的に総合的に考えることが重要であることを、本書を読んで、あらためて学んだ。
 参考になる箇所が多かった。

 たとえば、第1章「憲法9条の構成と平和主義憲法の基軸」では、憲法9条における平和主義の基軸について。
 憲法9条における平和主義の基軸には、いくつかの基軸があり、以下になるという。

 第一の基軸 戦争放棄・軍備撤廃
 第二の基軸 国際協調
 第三の基軸 国民主権
 第四の基軸 平和的生存権
 第五の基軸 非戦

 また、第2章「憲法9条の源流をさぐる −国家と戦争、そして法と平和」では、何度か聞いたことのある、サン・ピエール(Abbe de Saint-Pierre 1658-1743)。「ヨーロッパ永久平和のための案」。ルソー(J.J.Rousseau 1712-1778)。カント(I.Kant 1724-1804)。「永久平和のために」(1795年)。

 第3章の「幕末・明治前期における憲法9条の思想水源」では、儒学者横井小楠(しょうなん)(1809-1869)の「世界の世話やき」たれという戦争廃止論。イギリス・アメリカに留学した法学者・小野梓(1852-1886)の世界大合衆政府論。啓蒙思想家・中村正直(1832-1891)の世界平和論。
 植木枝盛(1857-1892)の「民権自由論」(1879年)と、板垣退助の名義で刊行された「無上政法論」(1883年)。戦争放棄・軍備撤廃・国民主権・国際協調・平和的生存権を支柱とする「日本国国憲按」(1881年)。
 そして、中江兆民(1847-1901)の「三酔人経綸問答」(1887年)。
 
 第4章の「日清・日露戦争と非戦論の本流」では、内村鑑三(1861-1930)、幸徳秋水(1871-1911)、田中正造(1841-1913)。

 日清戦争(1894−1895)・日露戦争(1904-1905)、第一次世界大戦(1914-1918)・第二次世界大戦(1939-1945)といった歴史的事実を振り返るならば、平和な世界をつくりあげることが容易い課題でないことは理解できる。
 けれども、戦争で困窮するのは、人民であることも振り返る必要がある。
 そして、歴史を振り返るならば、軍事力で平和を守ることができないことも明らかである。
 平和を守り発展させるためには、良心・理性に訴え、大国主義路線ではない、対話と討論を重んじ、平和共存の道のりに向けた努力をすべきであることも明らかである。
 本書は、日本国憲法にたどりつく時点で筆が置かれている。
 憲法9条の思想水脈をたどることが本書の目的であり、「はじめに」に書かれているように、「受け継いだものが何かを確認しておくことは、今後の社会を構想するためにも不可欠の作業であるはずだと思われるから」なのだろう。「その際、重要なことは、思想や理論には国籍や民族によって価値の違いや序列があるわけではなく、私たちも日本人である以前に人類のなかの一員として、その共通の遺産を継承していく権利と義務を負っている」ということに異議はない。
 地理的にも、歴史的にも、国際的な水準で、憲法の問題を考えていかなければならないという視点を、あらためて本書は教えてくれる。