「保育園できた、保育士がいない…政権の目玉政策の内実は」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年9月7日21時56分)から。

 東京スカイツリーにほど近い新築5階建てのビル。がらんとした部屋の入り口に子ども用の靴箱が並び、「職員室」の看板も見える。

 東京都墨田区に昨年12月、認可保育園として開園し、160人の子どもたちが通うはずだった。肝心の保育士が確保できず、空きビルのままだ。

 運営会社の社長(60)は、昨年6月から三つの有料広告を出したが、昨年11月までの採用はゼロ。その後、何とか3人を確保したが、その3人も今は系列の保育園で離職してしまった保育士の穴埋めで忙しい。社長は「来年4月には開園させたいが、ここまで人材不足とは……」とこぼす。墨田区の今年春の待機児童は前年から45人増え、193人に。空きビルは、いまの政治のありようの一端を象徴するかのようだ。

 「待機児童ゼロ」。国民の多くが支持するスローガンを掲げた政権。安倍晋三首相は「要はやるか、やらないか」「今度こそ、この問題に終止符を打つ」と繰り返した。しかし、保育園の建設は急ピッチで進むが、深刻な保育士不足に解決のめどが立たない。5月に朝日新聞が行った調査では、少なくとも全国24自治体の204の認可園が、保育士不足を理由に受け入れる子どもを減らしていた。

 政府が達成期限を昨年度末までとしてきた「ゼロ」は実現しなかった。そこへ自民党は昨年衆院選で新たに「幼児教育の無償化」を公約。保育を担う人材確保という「基礎工事」抜きに、さらに保育の需要を掘り起こす派手な「看板」を立てた。

 「無償化って、いつから始まりますか?」。今春、保育士不足などで申込者の半数近くが入園できなかった福岡県筑紫野市の担当者のもとには、こんな問い合わせが相次ぐ。そのたびに思う。

 「正直、本当に怖い」

 安倍政権は、社会保障を中心に看板政策を毎年のように掛け替えてきた。2014年には「女性活躍」を、15年には介護離職ゼロを盛り込んだ「1億総活躍社会」を、16年は「働き方改革」を掲げた。そして17年には「人づくり革命」を打ち出し、「安倍内閣の最大のテーマ」と位置づけた。

 国政選や総裁選で目玉になるスローガンを作ることで、政権の取り組みをアピールする狙いがあったとみられる。そして、17年の衆院選では、約8千億円の幼児教育・保育の無償化を目玉の公約にした。

 「それだけの予算があるなら保育士につぎ込んでくれるやろ、と期待してたのに」。17年9月、大阪市の認可園の松枝順司園長(48)は思った。

 ニュースの中で、安倍首相が「幼児教育の無償化は、若い子育て世帯を応援し、社会保障を全世代型へ抜本的に変えるために一気に進めていく」と語っていた。その4カ月前、安倍政権は「待機児童ゼロ」の3年先送りを発表し、衆院選の新しい公約として無償化を打ち上げていた。

 だが、看板と実態はかけ離れている。松枝園長の園では子どもの散歩に出るにも、アレルギー対応食を配膳するにも人手が足りない。系列園のベテラン保育士の一人は「10万円台の月給では家計を支えられない」と辞めていった。政府は賃金上乗せ策をとるが、17年の調査では、保育士の月給は全産業平均よりなお約10万円安い。

 (後略)

(田渕紫織、中井なつみ 船崎桜、有近隆史 浜田知宏)