大野晋「日本語練習帳」を再読した

 たとえば、「通る」と「通じる」はどう違うのか。
 「明白な」「明確な」「鮮明な」「明晰な」は…。
 カタカナ語の増大をどう考えるか。
 語彙の違い、語彙の使い方、語彙の問題が、Ⅰの「単語に敏感になろう」の章である。
 Ⅱの「文法なんか嫌いー役に立つか」は、「ハとガ」の問題を扱っていて、大変参考になる章だ。
 Ⅲの「二つの心得」は、著者が文章を書く上で「心得」としている二点について書かれている。短いが、参考にすべき心得が書かれている。
 Ⅳの「文章の骨格」は、文章を「縮約」する練習について書かれている。とりわけ高校生や大学生にとって役立つ大切な練習法のひとつだろう。
 Ⅴの「敬語の基本」は、たいへんためになる章だ。なぜ敬語や謙譲語が日本語で発達したのか。それは人間関係におけるウチソトと上下関係が重要な社会であるからだ。日本語において多様な人称代名詞(英語やフランス語のような人称代名詞という名称が適切かどうかは別にして)が観察されることとも関係している。
 大野晋「日本語練習帳」を今回再読してみて、全編を通じて面白く読んだが、自分にとってとくに示唆に富んでいる章は、Ⅱの助詞の問題とⅤの敬語の問題だった。日本語に関する読書は、なんとなくわかった気になって、さて何を読んだのかというと、あまり覚えていないことが少なくない。何度も再読しないと身につかないのだろう。ⅡとⅤは何度でも読みたい章だ。