「米最高裁判事、なぜ選挙で注目? 国論分かつ議題、最終判断/任期は終身」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年11月9日05時00分)から。

 6日にあった米国の中間選挙では、ひとりの最高裁判事が注目された。承認をめぐって激しい政争となり、10月に就任したブレット・カバノー氏だ。最高裁判事を選ぶことがなぜそこまで関心を集め、日本とはどう異なるのか。

 ■大統領が指名、強まる党派色

 「民主党を破って、最新の最高裁判事を就任させた」「これはカバノーの選挙だ」。中間選挙の終盤、トランプ大統領は遊説で何度もこうした言葉を繰り返した。

 就任2年のトランプ氏にとって、自らが指名した2人の最高裁判事の就任は大きな実績。特に承認手続き中に過去の性的暴行疑惑が浮上し、一時は就任が危ぶまれたカバノー氏が判事になったことは「勝利」だ。

 米国では、国論が分かれるテーマを最高裁が判断し、社会のあり方が変わることが珍しくない。過去には人種で学校を分けることの是非や人工中絶の権利、近年は同性婚の権利が最高裁判決によって導かれた。9人の判事は定年や任期がなく、カバノー氏の前任者が30年務めたように一度就任すると影響は長く続く。それだけに最高裁判事の指名は大統領の職務の中でも特に重要とされる。

 トランプ大統領も大統領選の期間中から保守系シンクタンクが作成した判事候補のリストを示し、中絶や同性婚に強く反対する宗教右派に好ましい人物を挙げた。米政治が専門の西山隆行・成蹊大教授は「トランプ氏にまゆをひそめる人もいたが、彼の任期は最長でも8年。最高裁判事はずっと長い間、影響を及ぼす」と、判事候補のリストが大統領選での勝因の一つだったと指摘する。

 米国の最高裁の仕組みは、厳格な三権分立の思想に基づいている。『憲法で読むアメリカ史』の著者、阿川尚之同志社大特別客員教授によると、1787年にできた合衆国憲法では、三権の中で司法が最も弱体と考えられた。そこで連邦議会や大統領から独立を保つ「防塞(ぼうさい)」として、終身任期制が憲法に盛り込まれた。「世論の激情からも距離を置き、多数主義にくみしない。時間差の民主主義とも言える憲法起草者の知恵だ」という。実際、判事の判断が指名した大統領の思惑通りにならないことも多かった。

 様相が変わったのが、1981年就任のレーガン大統領のころからだ。中絶を認めた73年の判決を覆すために「司法の保守化」を掲げ、判事の任命を重要政策にした。民主党共和党に対抗してスタンスが明確な人物を指名することが増え、重要判決では、「指名した大統領の党」で判事の結論が分かれる例が目立つ。終身の任期をフルに利用するため、若い判事の任命も増えている。

 承認手続きも党派色が強まっている。最高裁判事を大統領が指名した後、上院で過半数の賛成を得る必要がある。その前提となる公聴会では、議員たちが何日にもわたって考え方や立ち位置を探り、テレビ中継もされて詳しく報じられる。

 カバノー氏の場合は、性的暴行疑惑もあって特に白熱した。カバノー氏は「大統領選で負けた怒りに駆られた政治的な攻撃」「クリントン家に代わっての復讐(ふくしゅう)だ」と激しい言葉を並べ、抗議する数千人規模のデモ隊が議事堂を取り囲んだ。

 就任に至るプロセスが関心を集めることは、最高裁が重視される政治文化にもつながっている。しかし、西山教授は「最高裁の権威の源である政治からの独立が疑問視され、信頼度が次第に低下している」と分析する。(宮本茂頼)

 ■出身母体が固定化、見えぬ選考 日本

 日本の最高裁判事は内閣が、長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命するが、国会の承認手続きはない。今年初めには深山卓也、宮崎裕子、三浦守の3氏が判事に任命されたが、選考の過程は公表されず、本人たちも短い会見を開いただけだった。

 裁判所法によれば「識見が高く、法律の素養のある40歳以上」が条件で定年は70歳。15人の裁判官は現在、裁判官や検察官、弁護士など出身母体ごとに人数が固定化され、長官は裁判官出身者が就く。退官すると後任も同じ母体から選ばれ、60代半ばでの任命がほとんどだ。

 政権交代があっても判事の選び方は変わっておらず、日本の最高裁で「党派色」が問題になることは少ない。任命後初の衆院選では、最高裁判事にふさわしい人物かどうかをチェックする「国民審査」の仕組みがあるが、辞めさせられた判事は一人もいない。皮肉にも、こうした「事後審査」は裁判官の政治色を取り除くために米国で生まれ、連合国軍総司令部(GHQ)が日本に持ち込んだ結果、最高裁違憲審査権などと一緒に日本国憲法に盛り込まれた。

 元最高裁判事の泉徳治弁護士は「米国の最高裁判事の指名は政治的だが、身分が終身、保障されていることで自由に考えを表明できる土壌がある。日本も任命過程を透明化し、判事の顔がもっと見えるような仕組みを検討すべきでは」と提案する。ただ、別のベテラン裁判官は「国会の承認などを必要とすれば、米国のように政治の影響を受けやすくなり、三権分立が危うくなる」と指摘する。(岡本玄)

 ■日米の最高裁の主な特徴

 【米国】

<裁判官の人数> 9人

<就任> 大統領が指名し、上院が承認

<任期> 終身制

<現在の年齢構成> 51〜85歳

 【日本】

<裁判官の人数> 15人

<就任> 内閣(長官は天皇)が任命し、就任後最初の衆院選に合わせて国民審査

<任期> 70歳定年

<現在の年齢構成> 62〜69歳