「(ザ・コラム)共生模索の現場から 「移民社会」へ備えはあるか 山脇岳志」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年11月15日05時00分)から。

 日曜の昼下がり、埼玉県川口市芝園団地を訪ねた。5千人近い住民のうち、半数以上が外国人。聞こえる会話は、中国語が圧倒的に多い。子連れは中国人ばかりで、日本人は高齢者が目立つ。

 自治会の事務局長を務める岡崎広樹さん(37)が案内してくれた。行き交う日本人や中国人に、にこやかにあいさつをする。だが、中国人の中には、岡崎さんに話しかけられても応えない人もいた。

 「気にする必要はないんです。あいさつの習慣の違いもありますから」

 UR都市機構が管理し、1978年に入居が始まったこの団地で、中国人が増え始めたのは90年代後半から。十数年前からはトラブルが急増した。夜中の騒音や、慣れない料理のにおい、中には、ベランダからゴミを投げ捨てる住人もいたという。

 外国人が団地のルールを知らないことから生じる問題も多かった。URは管理サービス事務所に通訳をおいたり、ゴミの出し方は中国語での表示もつけたりして、次第にトラブルは減ってきた。4年半前から芝園団地に住む岡崎さんは、日本人と外国人の相互理解を進めようと、さまざまな交流イベントを行ってきた。

 生活習慣の違いから来る不快さは乗り越えにくい。ただ、岡崎さんは「お互い『顔のみえる関係』になれば、不快さは減る」と話す。「近所に迷惑な人がいれば腹が立つのは日本人同士でも同じ。トラブルが起きた時、国籍の問題にしないような環境にしたい」。ただ、入れ替わりの激しい中国人の自治会への加入率は低く、日本人、外国人を問わず交流に関心を持たない人も多い。課題は山積しているという。

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 日本政府は外国人労働者の受け入れ拡大に向けて新しい在留資格を設ける法案を閣議決定、国会は審議に入った。

 少子高齢化に人手不足。町工場や農業、コンビニなどで、外国人の働き手に頼るところが増えている。だが技能実習生や留学生という地位で滞在し、数年で日本を離れなければならない外国人は多い。

 法が成立し、外国人が本格的に増えていけば、芝園団地のような地域は珍しくなくなるだろう。岡崎さんは「今のような受け入れ態勢で大丈夫だろうか」と心配する。相互理解が乏しい中では、小さなトラブルが国籍の対立に結びつきかねないからだ。

 神奈川県の横浜市大和市の市境に広がる「県営いちょう団地」。ゴミ出しなど生活上の注意の看板は、ベトナム語、中国語、スペイン語など6カ国で記されている。80年代のインドシナ難民の受け入れをきっかけに外国人が増え、約3200世帯のうち2割以上が外国人世帯だ。

 日本語が十分でなければ、入居にあたっての行政手続き、電気やガス、水道の開通の交渉も苦労する。地元の市民団体が、日本語教室や生活相談などの支援活動を行ってきた。長年ボランティアに携わる人に政府の法案について聞くと「こんな状態で、よくやれるなあと思う。今後(日本各地で外国人が増えたら)どうなるのか想像もつかない」と言葉少なに語る。

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 「移民政策がないために、かえって移民問題が起き始めている」

 外国人労働に詳しい日本国際交流センター執行理事の毛受(めんじゅ)敏浩さんは、そう評する。日本で暮らす外国人は昨年末で256万人。昨年だけで18万人も増えたが、法の網をくぐるブローカーが暗躍したり、不法労働に携わる外国人が増えたりしている。それは社会を不安定にし、外国人への偏見につながるリスクがあるという。

 毛受さんは、今回の法案を「技能実習生などに依存する状況から就労目的の労働者への転換がなされ、一歩前進」と見る。だが「現場が自治体やNPO任せになっており、もはや限界に近い。政府が明確な受け入れ方針を打ち出し、日本語教育などの支援も国が責任を持つべきだ」とも話す。

 世界中から人が集まる米国ですら、移民問題が国を分裂させる難題になっている。日本政府が、労働力の不足解消のため外国人にもっと来てほしいと考えるのなら、外国人排斥につながらないような環境を同時に整えるべきだろう。異文化を真に受容するのは、たやすいことではない。

 (編集委員