「(ザ・コラム)入管法改正の足元で 血の通う政策だってある 秋山訓子」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年11月22日05時00分)から。

 ただいま審議まっさかりの、日本に外国人労働者を呼び込むための出入国管理法改正案。人を人として見ていないというか、労働力の調整財源のコマのように扱っているように思える。その足元で検討が進む小さな政策のことを紹介したい。日本語教育が必要な高校生に寄り添う支援策だ。外国人労働者が増えれば、いずれどんどんニーズの増す政策である。

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 海老原周子(しゅうこ)さん(36)は中1の時に父の赴任でロンドンに渡り、インターナショナルスクールに入った。「英語で言えたのはイエス、ノー、サンキューだけ」。誰ともしゃべれないつらい時期を1年ほど過ごした後で、好きだった絵を通じてユーゴスラビア出身の友達が出来た。「そこから世界が広がって」学校がぐんと楽しくなった。

 高校生で帰国し、大学卒業後、民間企業を経て国連機関である国際移住機関(IOM)の日本職員に。政府の施策の事務局などをするなかで感じたのは「私は本当に現場を知らない」ことだった。

 絵や映像を使った外国人の青少年向けのワークショップやイベントを始め、2011年に退職した。アートを通じた居場所作りだ。高校生や中退者、高校卒業生が多く集まり、彼らへの支援が圧倒的に足りないとわかってきた。「小中学生へのケアが十分なわけではないが、高校生にはもっと足りない。将来の進路を考える時に学校の先生に相談できず、親もわからず、友達も少ない。進学や就職をしたくてもお金も情報もない」。学びたい、正規で働きたいという熱意があるのにバイト生活になり、抜け出せずにやる気を失う例を多く見てきた。

 外国人の多く通う定時制高校に、教諭と研究者と共に「多言語交流部」を作り、サポート役として入って相談にも乗ってきた。「部活をきっかけに学校が楽しくなればドロップアウトせずに通い続けられて、進路も相談できる」。実際、部活動に積極的にやってくる生徒たちは進路や進学も決まるそうだ。けし粒のように小さな活動かもしれないが、着実に結果を出している。

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 現場で成果も出てくると、今度は政策がやはり重要だと痛感した。「目の前で解決できても制度にならないと広がらない」。経験をもとに政策提言をしようと決め、今年の春、つてをたどって担当の文部科学省の国際教育課にたどりついた。実態調査をすること、高校の現場にNPOなどが入り、学校の内外で連携して日本語に加えてキャリア支援まで行う事業を提案した。

 外国人労働者の受け入れ拡大政策が政府内で検討され始めた頃で、タイミングも味方した。同課でも高校生の支援が必要だという問題意識はあり、メニューもあったが充実しておらず、そこに彼女の提言があった。ちょうど2年ごとに行っている日本語教育の調査の時期で、彼女の案をもとに高校の中退率や進学率といった調査項目を加えた。話がつながり、回り出したのだ。

 結果はどんぴしゃで、日本語教育が必要な生徒の中退率は公立高校の平均の7倍になること、進学率や正規の就職率も低いと数字になって表れた。朝日新聞の1面で報じられるニュースとなった。

 こうした高校生を支援するため、NPOや高校が連携して学習や進路の支援に取り組む事業が2億円、概算要求に盛り込まれた。三好圭課長(組織が改編されて男女共同参画共生社会学習・安全課)は話す。「私たちはまだまだ現場を知らない。経験豊富な人の具体的で建設的な提言はとても役立っています」。海老原さんは言う。「双方ともめざすところは同じとわかりました。若者が自分らしく生きるためによりよい環境を作ることです」

 自分らしく生きる。そのためにはきっと、自分のことを親身に考えてくれる人や話を聞いてくれる人、居場所が必要だ。異国の地ではなおのことだろう。情緒的な言い方をすれば、人の顔が見えて血が通い、体温を感じる支援だ。それは、入管法改正案に欠けていると思われる点でもある。

 概算要求が通ったとしても、彼女の団体が事業を担うかどうかはわからない。もしそうなったら、現場に飛び込んだ彼女の力が改めて試される。現場の問題解決から仕組みへ。こんな政策もある。
 (編集委員