安倍晋三首相のめざす2020年の改正憲法施行に向けた取り組みが足踏みしている。与野党対立に加え、参院選を前に与党内の機運もしぼんでいるためだ。衆院解散による同日選もささやかれる夏の参院選は、「安倍改憲」の成否を占う政治決戦となる。

 3日午後、国会近くの砂防会館別館。安倍政権の支持基盤である日本会議が主導する改憲派団体による「公開憲法フォーラム」が開かれ、首相のビデオメッセージが約7分間にわたって流れた。

 「2年前のこのフォーラムでのビデオメッセージにおいて、私は『2020年を新しい憲法が施行される年にしたい』と申し上げたが、今もその気持ちに変わりはありません」

 首相は、自ら改憲に向けてのろしを上げた2年前の5月3日を振り返り、それを受けて自民党が昨年まとめた憲法9条への自衛隊明記を含む「改憲4項目」を紹介。「令和元年という新たな時代のスタートラインに立って、国の未来像について真っ正面から議論を行うべき時に来ている」と訴えた。

 だが、首相の思いとは裏腹に、国会での議論はまったく進んでいない。

 昨年は森友・加計問題などをめぐる与野党対立が激化。秋の自民党総裁選後、憲法関係の役職を側近で固めた首相の人事も裏目に出た。与野党合意のもとで進んできた憲法審査会の運営をめぐる首相側近らの無理解な言動などが相次ぎ、野党が反発。首相が公言した改憲4項目の国会提示どころか、衆院憲法審では、昨年以降、一度も憲法の内容についての議論はできていない。

 与党と改憲に前向きな勢力が衆参両院で3分の2を占めている夏の参院選までに発議するとのシナリオは崩れた。むしろ、6月26日の国会会期末まで2カ月を切り、自民党内からすら「憲法で野党と対立が激化するのは参院選にマイナスだ」(参院幹部)との声が強まる。自民党下村博文憲法改正推進本部長は先月9日、首相官邸で首相と面会し、「憲法論議で強権的な対応は避ける」との認識で一致したという。

 とはいえ、首相周辺にとっては「憲法論議を一歩でも前に進め、参院選後につなげたい」(自民幹部)のが本音だ。下村氏は3日の改憲派集会で、党の改憲4項目の国会提示への意欲を表明した。

 今月9日には、衆院憲法審で野党側が求めてきた国民投票のテレビCM規制をめぐる日本民間放送連盟民放連)からの意見聴取に応じる。野党に譲歩する形で自民ペースに引き込むことをねらう。

 一方、野党側は、自民側の動きを警戒。「CM規制の議論だけで今国会は時間切れだ」(立憲民主党幹部)と身構える。国民民主党も、政党によるテレビCMの禁止などを盛り込んだ独自の国民投票法改正案を準備。玉木雄一郎代表は3日に出演したNHKの討論番組で、「(CM規制は)わが国の民主主義の根幹を支えるシステムだ」と述べ、CM規制の議論の必要性を繰り返し訴えた。(及川綾子、山岸一生)

3分の2議席確保焦点の参院選、「リスク高い」

 夏の参院選で焦点となるのは、首相が進める憲法改正をめぐり、国会発議に賛同する3分の2の議席を確保できるかどうかだ。

 現在、参院では自民、公明の与党に加え、改憲に前向きな日本維新の会などを合わせると165議席で、3分の2(162議席)をわずかに上回る。

 夏の参院選では、1票の格差是正に伴う定数増で3分の2が164議席に増える。今回の改選は88議席。3分の2を占めるには87議席以上が必要となる。

 今回改選を迎える議員が当選した6年前の参院選は、12年の政権復帰の余波もあり、自民党議席占有率が01年の小泉内閣発足直後を上回る大勝だった。自民党内では「反動減」を予測する声が多く、「ある程度の減少幅は覚悟の上」(自民幹部)の選挙戦となる。

 参院選の負け幅を減らすため、衆院選との同日選論もくすぶるが、衆院解散後の政治状況で風向きが変わることもあり、「大変リスクの高い選挙」(斉藤鉄夫公明党幹事長)でもある。

 仮に3分の2議席を割れば、野党が勢いづき、改憲機運は冷え込む。自民党の幹事長経験者は「党内の改憲論は小さくなっていくだろう」と言う。

 だが、安倍政権改憲を強く求める支持層に支えられてきただけに、首相にとっての改憲は政権維持の根幹にかかわる。日本会議に近い議員の一人は「安倍首相憲法改正は本気だ。保守をまとめるために言っているだけだと言う人がいるが、本当にそうだったら引きずり下ろされる」と話す。

 そこで首相周辺が照準を定めるのが、改憲に前向きな議員が多い国民民主党の存在だ。4月15日にあった首相と石原慎太郎・元東京都知事亀井静香・元金融相らとの会食では、改憲に向けた道筋が話題となり、「(国民代表の)玉木氏を政権入りさせ、改憲勢力に巻き込めばいい」との声も出たという。

 いまは「安倍改憲」への反対でまとまる野党側も一枚岩ではない。

 国会での主導権争いなどをめぐって、立憲と国民の間にはなお不信感がくすぶる。今後、参院選に向けた候補者調整などでさらに摩擦が強まる可能性もある。国民からは「立憲と組むぐらいなら、自民に入党する」という声も漏れる。(石井潤一郎、斉藤太郎)