「コロナで「収入は完全にゼロ」 派遣添乗員のいま 新型コロナウイルス」

 

f:id:amamu:20051228113101j:plain

 以下、朝日新聞デジタル版(2020年5月6日 12時00分)から。

働くってなんですか
 いま、いろんな仕事が失われようとしています。飲食や宿泊、観光などの業種では倒産や解雇も目立っています。とりわけ厳しいのが旅行業界です。国内外のツアーは大型連休を含め軒並みキャンセル。ツアーを支えてきた派遣添乗員たちからは「収入ゼロ」の悲鳴があがる。ツアーの期間だけ雇用契約を結ぶ不安定な働き方が、問題をより深刻にしています。

 今年3月初め。海外ツアーの派遣添乗員として20年以上のキャリアがある40代の男性は、スーツケースを持って自宅を出ようとしていたところに登録する派遣会社から電話がかかってきた。
 「空港には行かなくていい」
 直前になってツアーを主催する旅行会社がキャンセルを決めたのだ。続いて3月後半のイタリアツアーも中止に。その後も4月に3件、5月に1件の海外ツアーが全て取りやめになった。男性はこう嘆く。「1カ月丸々日本にいるなんて20年ぶり」
 いま、いろんな仕事が失われようとしています。飲食や宿泊、観光などの業種では倒産や解雇も目立っています。とりわけ厳しいのが旅行業界です。国内外のツアーは大型連休を含め軒並みキャンセル。ツアーを支えてきた派遣添乗員たちからは「収入ゼロ」の悲鳴があがる。ツアーの期間だけ雇用契約を結ぶ不安定な働き方が、問題をより深刻にしています。
 取りやめに伴う男性の損失は計100万円にのぼる。「添乗関係の収入は何もない。完全にゼロです」。生活費はかさみ、親の事業のために借りたお金の返済もある。当面は物流会社の倉庫でアルバイトをしてしのぐ。心配した妹からはレトルト食品やパスタが送られてきた。
 いまはほぼ全てのツアーがなくなり、再開のめどは立たない。業界では「3カ月間は添乗員の仕事はなく収入がゼロという状態が続く」(サービス・ツーリズム産業労働組合連合会の後藤常康会長)との見方がある。
 男性は派遣会社に「自分にも生活がある」としてキャンセルに見合う補償を求めた。だが、派遣会社は「お金の出どころがない」などとして応じてくれない。これまでも休業補償がされたことはなく、男性は「以前から派遣会社となあなあの関係でここまできてしまった」。結局、泣き寝入りを強いられている。


ツアーの期間だけ雇用契約
 40代の女性の派遣添乗員は、正社員並みに働いても年収は300万円を超えるのがやっとだという。感染症の流行で仕事が一瞬でなくなるリスクも見せつけられた。「またこんなことが起きたらと考えると怖い。たとえ回復したとしても、この仕事を主軸に働くことはできない」。今はアルバイトをしながら資格を取るべく勉強している。
 旅行業界ではこうしたケースが相次ぎ、かつて花形だったツアーコンダクターが追い詰められている。背景にあるのが、仕事があるときだけ派遣会社と労働契約を結ぶ「登録型派遣」という働き方だ。
 添乗員の派遣会社約40社でつくる日本添乗サービス協会(東京)によると、添乗員は全国に1万人弱いる。多くが派遣会社に属する登録型派遣。旅行会社が企画するツアーなどの期間だけ派遣会社と雇用契約をして、旅行会社に派遣される。
 海外ツアーの場合、登録する派遣会社から出発の1~2カ月前に予定が割り振られる。添乗員たちは事前にスケジュールを空けておき、雇用契約に備える。
 これまでも予定がキャンセルになる事例はあったが、別のツアーを割り振ってもらうことなどで対応していた。旅行会社が取り消し料を派遣会社に支払うことで、派遣添乗員が補償を受けられることもあった。


経営側の頼みは助成金
 だが、コロナショックでは状況が一変した。感染症の拡大によるツアー中止のため旅行会社は顧客からキャンセル料をもらえず、派遣会社に取り消し料を支払うのが難しいのだ。旅行会社側は自社の努力ではどうしようもない「不可抗力」にあたると主張している。
 旅行会社から発注してもらう立場の派遣会社は反論しにくい。日本添乗サービス協会の横尾治彦専務理事は、「結果的に添乗員にしわ寄せがいく」と指摘する。
 「本当に頭が痛い」
 添乗員派遣で最大手の旅行綜研(東京)の石井光彦社長はこう漏らす。
 ツアーの取り消し料は入らず、今後の見通しも立たない。売り上げは「ゼロ」が続き、添乗員が業界に見切りをつけて去ることも懸念される。
 「この事業は添乗員がいて成り立つ。回復期に添乗員を確保できなければビジネス展開が危うくなる」
 石井社長は、2~4月にツアーがキャンセルになった添乗員に、予定の日数分の「休業手当」を支払うことを決めた。4~6月については、過去の実績をもとに働いたとみなして、支払おうとしている。
拡大する

人や車が消えたパリのシャンゼリゼ通り。奥は凱旋門(がいせんもん)。普段は観光客らでにぎわう=3月18日
派遣の半分占める登録型
 想定しているのは、雇用を維持した企業に国が休業手当のお金を肩代わりする「雇用調整助成金」の利用だ。
 やろうとしている「みなし」の手法は助成金の対象にならないとの見方もあった。石井社長は「申請が通らなければ経営のリスクは高まる」と不安だった。
 厚生労働省は取材に「みなし」も対象になるとの考えを示した。担当者は「雇用維持のため助成金をできるだけ出すというスタンスだ」と強調する。ほかの大手派遣会社でも、助成金の検討が進む。
 登録型派遣を巡っては、添乗員のほかにも仕事を急にうち切られたといった声があがる。企業側にとって都合のいい制度はなぜできたのか。
 派遣という働き方ができるまでは、添乗員などは自社の正社員が担っていた。業務を外部委託することもあったが、発注業者は受注業者の社員にあれこれ指図することができず、企業側にとっては不便だった。
 国は1986年、専門性が高い仕事だとする13業務に限って労働者派遣を解禁。「添乗」もこの業務に入っていた。旅行会社は外注していた添乗員の仕事を、派遣できるようになった。
 日本労働弁護団の棗一郎弁護士は「『専門性の高い派遣労働者の労働力は高く売れ、労働市場で優位に立てる』。労働者派遣を解禁したい国や使用者側は当初こう説明していたが、それはごまかしだった」と指摘する。


待遇の改善は進まず
 経営側の本当の目的は、辞めさせにくく人件費がかさむ正社員の仕事を、不安定で待遇が悪い派遣社員に置き換えることだった。
 労働者派遣が解禁されると、大手旅行会社はグループ会社に派遣事業を担わせ、そこから添乗員を受け入れる形にシフト。独立系の派遣会社も増え競争は激しくなった。派遣会社にとって添乗員を常に雇用する「常用型」のメリットは薄く、仕事があるときだけ雇う「登録型」が主流になった。
 厚労省によると登録型は約140万人いる派遣労働者の半数超を占める。添乗員に限らず、不安定な立場で働く人が大勢いるのだ。
 「日雇い派遣」に象徴されるように、不安定な働き方である登録型派遣の見直しは、これまでも議論されてきた。2008年のリーマン・ショックをきっかけに「派遣切り」が社会問題化。製造業を中心に一斉に雇い止めが起き、仕事や家を失った人のための「年越し派遣村」もできた。旧民主党政権は登録型派遣の原則禁止をめざしたが、当時野党だった自民党などの反対で実現せず今に至る。
 登録型では常用型よりも待遇は改善されにくい。派遣添乗員は旅先で拘束される時間が長く、実質的に最低賃金すれすれで働く人も多いという。棗弁護士は「年収300万円以下の添乗員を多く生みだし、使い潰してきたのが業界の実態だ」と話す。
 好きな仕事を選んで働けるとメリットがPRされている登録型だが、実際は派遣会社の立場が強く振られた仕事は断りにくい。前出の40代の女性は「派遣会社に労働条件の向上を求めたら回される仕事を減らされた。派遣会社に言われるがままの働き方だ」と言う。
 棗弁護士はいまこそ登録型派遣を見直すべきだと訴える。「いまのような緊急時に登録型派遣の労働者は保護されにくい。派遣会社は常用型に転換して、雇用の安定にもっと責任を持つべきだ」
    ◇
 「働くってなんですか」の企画では、雇用の現場や暮らしの問題などを幅広く取材しています。ご意見や情報を送ってください。eメールアドレスはt-rodo@asahi.comツイッターのアカウントは@asahi_hataraku。郵送先は「〒104・8011 東京都中央区築地5の3の2 朝日新聞経済部労働チーム」。(榊原謙)