「ニュージーランド物語」の第2章「マオリ」(その2)を読む

 おそらく、ニュージーランドポリネシア人の偉大なる貢献は、熱帯の生活様式を、温和で穏やかな土地に適合させたことだ。例えば、熱帯地域では、クマラ(さつまいも)*1は一年中収穫できるが、こうしたクマラは寒気に弱い。ところが、新しい地にあって、クマラの塊茎を地面のくぼみに埋めれば保存がきくことを、彼らは発見した。そして、次の春に、そのクマラを植えたのだ。
 もちろん、より寒い気候においては、着るもの、家、他の多くの生活面でも、変更が必要だった。
 ポリネシア人の移民たちは、タパ・クロス(tapa cloth)を作るための桑のような植物を持ち込んできていたが、これは北部でしか育たない。だから彼らは、ニュージーランドの亜麻(flax)から服を編むことを学ばざるをえなかった。彼らはまた、亜麻から雨用のコートを作った。それはときに羽のついた、あるいは犬の毛皮のついたコートだった。
 火が冬にたかれた際にはかなり煙たかったと想像されるが、マオリたちはかなり小さな家に住んでいた。ヨーロッパ人が来たあとで建てられた、あの大がかりで、また精緻に彫られ、装飾がほどこされた集合住居(meeting houses)*2は、たとえ存在していたとしても、当時はほとんど見られなかったと思われる。
 家々はカインガ(村)*3として区分けされ、ときに、パ(砦)*4の近くにカインガがあった。パ(砦)は、敵に囲まれ、脅されたときには、逃げのびる場所として使われた。現在のオークランドの丘においても、過去の人々の掘った段丘状の要塞を見ることができる。
 イングランド人とスコットランド人の、現代のヨーロッパ人と同じように、争いは、しばしばウツ(報復や償い)*5のために、マオリの生活においては普通の出来事だった。危険は、日常的なつきものだった。イングランド兵のように、マオリの戦士は、名誉と名声を求めた。男の子たちは、成長して兵士になることを望んだ。
 危険は、戦争からだけではなかった。マオリたちは船乗りであり、川を上り下りしていたから、溺れることは日常茶飯事であった。パケハ(Pakeha)が来たあとですら、事故死の最も多い原因は、溺死であった。この危険性が、先祖の故郷と言われるハワイキからカヌーでやってきたという、あのマオリの伝説においても想起されているのである。大波がカヌーを襲い始めたとき、ワイラカ(Wairaka)という少女が舵取りを引き継いだ。彼女は「私が男の役目を引き受けてやる」と、叫んだのだ。彼女の子孫がニュージーランドに着いたとき、彼らは彼女の英雄的な偉業を思い出していた。タネ(tane)というコトバは「男」を意味する。ファカターネ(Whakatane)*6とは、「男の役割を果たす」という意味だ。
 マオリは書く技術を持たなかったが、彼らの歴史の多くは、土地(places)の名前に記録されている。例えば、コロマンデル(Coromandel)半島に、キコファカレレ(Kikowhakarere)という名の場所がある。キコファカレレとは、「投げ出された肉」とか「取り残された」という意味だ。これは、敵の攻撃によって突然邪魔されたカニバル(cannibal)の祝宴を記録したと言われている。ときに、マオリカニバル、つまり人食い人種だった。それは、最初のヨーロッパ人探検者たちを驚かせた事実であった。
 たとえば、魚や鳥や植物についてのマオリの知識は、話コトバで伝えられた。祖先の知識は、種族のファカパパ(家系)*7の中で暗記された。
 ただ彼らの人生は、常に暴力的ということではなかった。部族の協力や友情のネットワークも存在していた。お金のための交易はなかったが、贈り物を交換する方法は広くいきわたっていた。南島からは、マトン鳥(Muttonbirds)や、マオリがテ・ワイ・ポウナム(ヒスイの水)*8と呼んでいるグリーンストーン、そして、いくつかの場所にしかない、ナイフや他の鋭い道具をつくるための火山のガラス、黒曜石(obsidean)などは、部族間の交換によって広く国中に行き渡っていた。これらはまた戦争の褒美でもあった。
 当時ペルーからインドネシアまで太平洋のどの地でも、人間に知られていた金属はなかった。だから、ティキ(tiki)のようなマオリの宝飾品、そして彼らの武器は、石で作られていた。手斧や斧のような彼らの道具も同様である。石や骨で作られた何千という道具やペンダントを今日博物館で見ることができる。それらを見て、想像力をたくましくすれば、こうした初期の時代へと、私たちを誘ってくれることだろう。

*1:クマラは、ニュージーランドのスーパーで普通に売っている。いわゆる、さつまいもだが、日本のものよりは、色が少し薄く、形も、少し大きく、でこぼこ、ごつごつとしている。

*2:原文では、meeting housesとなっているが、いわゆるマラエのことを指していると思われる。

*3:カインガ(kainga)は、マオリ語でvillagesのこと。自己紹介など自分の出身地をいう際に、必ず使うコトバ。

*4:パ(pa)は、砦のこと。パは、フィールドワークをしているときに、必ず出会うコトバのひとつ。

*5:ウツ(utu)は、revenge or paymentのこと。

*6:ファカターネは、ベイオブプレンティにある町。昨年はエジキムなどの町と同様、大変な洪水被害にあった。

*7:ファカパパ(whakapapa)は、geneologies, or lists of ancestorsを意味し、マオリの文化の中では、重要な概念のひとつ。

*8:テ・ワイ・ポウナム(Te Wai Pounamu)は、the water of Jadeの意。