映画「オッペンハイマー」で考えるべきこと ーヒロシマ・ナガサキという原爆被害が理由で日本は降伏したのかー

Oppenheimer

 映画「オッペンハイマー」の第一印象的な個人的感想はすでに書いた。

amamu.hatenablog.com

 原作は未読だが、原作以外の、映画を観る方へのおすすめの一冊である藤永茂氏の「ロバート・オッペンハイマー」についてもすでに書いた。

amamu.hatenablog.com

 ノーラン監督の「オッペンハイマー」には、考えるべき問題があまりにも多すぎて、ひとことで語ることのできない映画である。バラバラにはなってしまうが、それでも、いくつか思いついたことを書いてみたい。

 ひとつは、真珠湾からはじまるいわゆる太平洋戦争で、ヒロシマナガサキの原爆(新型爆弾)による甚大な被害から、日本は降伏したのかという問いである。

 映画「オッペンハイマー」においても、1発・2発と続けて原爆を落とさなければ、しぶとい日本は降伏しないとマンハッタン計画責任者のレズリー・グローブスが語る場面がある。

 アメリカ合州国側からすれば、原爆投下により戦争終結となり、その後の何万・何十万人という命が救われた。甚大な被害は必要悪であり、しかたのないこと。原爆使用は仕方なかったというジェノサイド肯定論だ。こうしたジェノサイド肯定論は、過去の遺物ではない。最近でも主張されている考え方である*1

 しかしながら、本当にそうなのか。むしろアメリカ合州国による原爆投下の本質は、日本を降伏させるために原爆を使用したのではなく、戦争終結後のソ連との冷戦を見越して、対ソ戦略から新型爆弾を使用したという見方があることに注目すべきではないのか*2

 さらに日本側にしても、原爆による被害の甚大さから降伏したというより、ソ連参戦で降伏したのだという見方にこそ注目すべきだろう。

 日本の当時の指導部の関心事は、もっぱら天皇制と国体護持にあり、戦争終結の駆け引きでも天皇制が維持される条件が出されたら日本はもっと早く降伏していただろうという見方がある。実際、東京大空襲沖縄戦、そしていよいよ本土決戦を迎えるにあたって、大本営を信州は松代に疎開させるべく大地下壕をつくり天皇制を維持しようとしていたのではなかったか。

本多勝一「「真珠湾」からイラクまで」貧困なる精神S集(2004年8月)

 「「真珠湾」からイラクまで ーアメリカ式謀略戦争の実体 <進藤栄一・筑波大学名誉教授とのインタビュー対談>」という対談は、以前読んだことがあり、そこから少し引用してみる。進藤栄一氏は、この対談(2003年8月)で、次のように語っている。

 広島・長崎に原爆が投下されたのは、日本を敗北させるためというよりむしろソ連に脅しをかけるためであり、冷戦の出発点・対ソ戦略の始まりだった。

 第一に、核兵器を使う実験場にしたかったこと。第二に、ソ連に脅しをかける出発点にしたかったことですよ。

 (中略)日本が降伏したのは実は広島・長崎に原爆投下されたためではなく、ソ連の対日参戦を最大の契機にしていたのです。この現実を見なくてはいけない。広島に八月六日に原爆が落とされるのですが、日本は降伏しないのですよ。外務省も官邸も軍部も、降伏に動かないのですね。当時、和平派と主戦派が対立していましたが、主戦派はもちろんのこと、和平派も広島に原爆が落とされた後に動かない。なぜ動かないかというと、「我々にはまだソ連の助けがある」というのです。

 (中略)一方で松代に天皇疎開先の大本営を残し、他方で可能なら、ソ連の仲介によって対米英和平を実現させ、しかも皇室を残し、国体つまり戦前体制を維持した形で日米戦争の終結を可能にする戦略を組み立てているわけです。しかしソ連側はそうした日本の戦略を見抜いている。もちろんアメリカはまたそのさらに裏を見ている。

 (p.32-p.33 「「真珠湾」からイラクまで 貧困なる精神S集」本多勝一朝日新聞社

 この対談は大変興味深く、引用を続けたいのだが、全部引用していると切りがないので、「「真珠湾」からイラクまで ーアメリカ式謀略戦争の実体 <進藤栄一・筑波大学名誉教授とのインタビュー対談>」をぜひ読んでいただきたいのだが、長崎に原爆が落とされる直前、「その日の未明にモスクワから東京にソ連の対日宣戦布告が伝えられ、慌てて日本が動き出す」わけで、このことについて少しだけ引用を続けると…。

(進藤)面白いのは当時の天皇の側近・木戸幸一内大臣の日記なんですが、彼は長崎投下以降四回にわたって天皇に拝謁しながら、広島のことはもちろん、長崎のことも片言隻語すら記されてないのです。天皇に拝謁してソ連の対日参戦を報告し、戦争終結へと動き始めたソ連のことが記されているだけで、「広島・長崎に原爆を落とされたから我々は終戦すべきだ」などということは一言も記録に残っていません。

(本多)一挙にあれだけ日本人の命が消えても、そんなものは天皇とその周辺にとってはゴミみたいなことだった、という証明でもありますね。

(進藤)結局、アメリカの対ソ戦略のなかで日本もまた踊らされていたという現実が見えてくる。だから私は、広島・長崎の原爆によって日本が矛を収めたとか、原爆があったから日本は戦争を収めることができた、などという見方はとりませんね。「ソ連の助け」という幻想をいだきつづけたが故に、その幻想が破れて初めて日本の和平派が敗戦に動き始めたと捉え直していくと、原爆の意味も見えてくると思います。だからソ連が参戦したとき、鈴木貫太郎首相の側近中の側近・迫水久常内閣書記官長は「ソ連参戦の報を聞いたときに、私は本当に驚き、何度も本当か、本当かと確かめた。立っている大地が崩れるが如き気持ちがした」と記します。それで天皇も動きだすのです。

 いわゆる主戦派の「広島・長崎に原爆を落とされたから、その被害があったから動きだした」という形の戦争終結論は、日本の戦争の終結点においても目を曇らせていると思いますね。その背後にあるのは、やはりアメリカ善人説、アメリカが日本にデモクラシーを与えてくれ、アメリカの知日派が日本を救ってくれたとか、原爆を落とされたから戦争を終わらせることができた、主戦派を黙らせることができた、という見方につながってくる。結局、アメリカ外交の本質が見えなくなるのですね。真珠湾でも広島・長崎でも見えなくなる。外交の背後に潜んでいる謀略の現実、謀略自体が外交だという現実を我々も見ていかないと、対米外交なんてものは展開できないでしょうね。

 (p.35-p.37 「「真珠湾」からイラクまで 貧困なる精神S集」本多勝一朝日新聞社

 どうやら「原爆投下の真の目的」については、アメリカ合州国史、そして、日本史それぞれ、本質を見つめる眼を養う必要がありそうだ*3

 核兵器そのものの所有と使用が絶体悪であること。これこそが核時代のはじまりであるトリニティ実験から始まるヒロシマ紀元以降の教訓であろう。たとえ戦争終結のためという大義名分であったとしても、核兵器使用によるジェノサイド(「大量虐殺」)・オムニサイド(「万物絶滅」)が許されるはずもない。いわんや、戦争終結のためという大義名分がウソであるなら、私たちは、そうした妄言に決して騙されてはならないし、ジェノサイド・オムニサイドを決して許してはらない。。

*1:たとえば、2024年5月11日、FNNプライムオンライン「広島と長崎への原爆投下についてアメリカ国防長官が「世界大戦を止めた」との見解示す」MSN

*2:たとえば'The Untold History of the United States'Oliver Stone and Peter Kuznick 2013)を参照のこと。

*3:こうした見方は、たとえば、次の論考にもみられる。日本への原爆投下は必要なかった…アメリカで急拡大する「新たな考え方」(飯塚 真紀子) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

映画「オッペンハイマー」で見たトリニティ実験の被曝

Oppenheimer

 映画「オッペンハイマー」の第一印象的な個人的感想はすでに書いた。

amamu.hatenablog.com

 原作は未読だが、原作以外の、映画を観る方へのおすすめの一冊である藤永茂氏の「ロバート・オッペンハイマー」についてもすでに書いた。

amamu.hatenablog.com

 ノーラン監督の「オッペンハイマー」には、考えるべき問題があまりにも多すぎて、ひとことで語ることのできない映画だと思う。バラバラにはなってしまうが、それでも、いくつか思いついたことを書いてみたい。

 ひとつは、まさに人類史上の核時代の幕開けともいうべきトリニティ実験の被曝のこと。そして、人類史上はじめての核兵器によるヒバクシャ*1とは一体誰なのかという問題だ。

 

 原子爆弾は光線・熱線・爆風と、とてつもないエネルギーを放出して多くの被害を生み出す。ひとことで言えば、爆発的な「被爆」である。

 また、原子爆弾は、放射線・残留放射線によって後障害・白血病・ガンなどの被害が後世に至るまで生じる。ひとことで言えば、「被曝」である。音声的には同じヒバクということになるが、漢字が違うこと、そして意味の違いに注目しなければならない。

 

 専門家ではないので正確に理解しているわけではないけれど、映画「オッペンハイマー」では、原爆よりも水爆のほうがより恐ろしいということは言及されていたと思うが、核兵器の恐ろしさにたいする正確な理解が不十分という時代的な制約もあり、前者の「被爆」のほうがより強調されていたように思う。つまり、後者の放射能による「被曝」の恐ろしさが十分に描かれていなかったように思うのだ。

 繰り返しになるが、もちろんこれには、時代的制約という理由がある。

 トリニティ実験はまさに人類史上の核時代の始まりであるにもかかわらず、放射能による被曝についての認識がまるで追いついていないことに戦慄せざるをえない。

 映画「オッペンハイマー」では、トリニティ実験の際に、両目を光線から守るためにオッペンハイマー自身がゴーゴルをつけたり、他の人間も両目を遮光したり、顔をコーティングしたりと、原子爆弾の実験にたいして自分の身体を守ろうとする意識は感じられるものの、放射能被害に対処すべき科学的方法が全く確立していないことに驚かざるをえない。科学者ですら放射能被害に対する無知をさらけだしていて、核時代にたいする「新しい考え方」(アインシュタイン)がまるでできていないことに驚愕するほかない。核爆発にたいして無防備に地面に身を伏せるだけの科学者や軍人を見せられて、放射能の怖さを知る現代人の観客であるなら、あの場面に底知れぬ恐怖を覚えるに違いない。

 これで思い出すのが、1950年代、原子爆弾による攻撃が予想される冷戦時代にすすめられたアメリカ合州国内の大規模な民間防衛運動である "Duck And Cover"(避難訓練*2)だ。核攻撃された際に一般市民がとるべき防衛行動として、ひとたび閃光が走ったら、すぐに身をかがめて頭を隠して身を守るという避難訓練で、とくに子どもたちに広く学校で教えられた。核爆発の閃光を見たら、すぐに机の下に隠れて顔や頭を守れという避難訓練だった。当時、冷戦の恐怖に慄いた市民に安心を与えるための具体策として受け入れられたが、今日、こんな防衛策では核爆発の衝撃や恐ろしい放射能にたいしてほとんど役に立たないと考えられているのは当然のことだ。

 全く役に立たないとは言わないけれど、トリニティ実験、そしてヒロシマナガサキ以降、さらに冷戦時代。まさに本格的な核時代が始まったにもかかわらず、その意味が全く理解されていないということに恐怖するほかない。

www.youtube.com

 また、これで思い出すのは、人体に対する原爆の影響を調査するために広島の比治山につくられたABCC(原爆傷害調査委員会)だ。ABCCは治療をしないことで有名だった。原爆の効果を調べるためにヒバクシャを研究材料にしたという意味で悪名高かった。

 核時代という歴史区分を考えるにあたって、あらためて考えさせられたことは、ヒバクシャの始まりは、あのトリニティ実験のせいで死の灰を被り被曝したであろうことから、ヒロシマナガサキでヒバク(被爆・被曝)した日本人より先に被曝したのはアメリカ人をはじめとする国際的な科学者であり軍人だったと言うべきなのではないのか。さらにそう考えるならば、日本人より先に、ウランを採掘した鉱山労働者、そして同じく死の灰を浴びたであろうニューメキシコ州ネイティブアメリカンであったと言えるのではないか*3

 故芝田進午氏が警鐘を鳴らしたように、「核時代のはじまり以来の人類の歴史は、原爆犠牲者としてうまれた“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史であり、またこのことが認識され、自覚されてきた歴史」なのである。「あなた方やあなた方の家族もすべてヒバクシャなのだ」(芝田)という認識を誰が否定できるだろうか。

 映画「オッペンハイマー」を見て、核時代の、そしてヒバクシャの始まりは、あのトリニティ実験のために死の灰を被り被曝したであろうオッペンハイマーをはじめとするアメリカ人を含む国際的な科学者であり軍人だったと言うべきなのではないか。核は、人類を分け隔てなく、人種も性別も、差別なく平等に、人類を襲う。そうした核時代の認識をあらたにするほかない。

 故芝田進午氏が、「核時代のはじまり以来の人類の歴史は、原爆犠牲者としてうまれた“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史」であり、「またこのことが認識され、自覚されてきた歴史」であると喝破された所以である。

 映画「オッペンハイマー」は、そうした核時代の認識と自覚をうながしてくれる反核映画のひとつであると言えるだろう。

*1:ヒバクシャについては、「…人類の歴史は、…“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史」(芝田進午) - amamuの日記を参照のこと。

*2:duck は、名詞であれば、カモやアヒルを意味し、動詞となれば、ひょいと水に潜ることをいう。cover は隠す意である。duck and cover で、ひょいとかがんでかわすという意味になる。意訳すれば、避難訓練ということになるが、避難訓練では意味を取り違えてしまう可能性が出てくる。

*3:ヒロシマナガサキ以後であれば、ガン発症が多かったといわれる西部劇者のハリウッドスターたちの遠因が、西部劇ロケ地での度重なる核実験による被曝と関係があるのではないかと疑うことのほうが自然だろう。その意味でこうしたハリウッドスターたちも「被曝者」と言えるのではないか。哲学者の故芝田進午氏は、Hibakushaを「被爆者」と「被曝者」、そしてヒバクシャとに分析・分類されている。「…人類の歴史は、…“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史」(芝田進午) - amamuの日記を参照のこと。

藤永茂「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」

 映画「オッペンハイマー」を劇場で鑑賞してみての第一印象的な感想についてはすでに書いた。

amamu.hatenablog.com

 映画「オッペンハイマー」は、原爆をつくったオッペンハイマーの話だから、その内容は、オッペンハイマーが関わった理論物理学・量子物理学という自然科学。その、ヨーロッパそして英米に広がる研究者が織りなす研究共同体のネットワーク。オッペンハイマーが生きた時代である世界大恐慌第二次世界大戦、日本との太平洋戦争史。戦後の米ソの冷戦と核軍拡競争。そして赤狩りアメリカ史と話題は多岐にわたる。その評価となれば、これは簡単なひとことで済ませることはできない。鑑賞者一人ひとりの素養と関心を基本にして映画を観た者に、さまざま考えさせてくれることになる。

 「一人ひとりの素養と関心を基本にして」と書いたが、自分は高校時代、他の科目についても興味が持てなかったが、とりわけ化学や物理には興味がもてなかった。数学や英語のほうがまだましだった。

 そんな化学・物理嫌いの私が、今回映画鑑賞後に手にとったのが、藤永茂氏の「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」だった。

藤永茂ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」

 もう30年以上も前になるが、パソコン通信黎明期に、パソコン通信で知り合いになった何人かのアメリカ人教師に会うことを口実に、アメリカ合州国再訪を計画したことがあった。その旅行計画の10年ほど前、かけだし英語教師の頃に、サンフランシスコで英語集中講座に参加したことがあって、その時期に所持していなかった車の免許も取得したので、パソコン通信で知り合いになった何人かの教師たちに会いながら、アメリカ合州国西部を自動車で周遊する計画を立てた。その際に思想的バックボーンとなったのが、高校時代から愛読していた朝日新聞記者の本多勝一さんの「アメリカ合州国」などの著作、さらには合州国見聞や自動車旅行の参考にしたのが猿谷要さんの著作*1であり、さらにアメリカ合州国に関するいろいろな本を乱読していた。そうした中の一冊に、藤永茂さんの「アメリカ・インディアン悲史」もあった。

藤永茂アメリカ・インディアン悲史」

 この本がどのような本であるか、その内容は今回詳述しない。

 ただこの本が、ネイティブ・アメリカンの歴史を扱っていながら、アメリカ合州国論はもちろん、人間論・幸福論、したがって私たち日本人論に深くかかわっている労作であると感じた点を記しておきたい。

 本書の終わりのほうで、著者はアイヌについて触れ、さらに石牟礼道子の「苦海浄土」を引用して、次のように結ぶ。

 こう、石牟礼道子さんに語った水俣の爺さまを、我々が殺したとき、我々はまぎれもなく「インディアン」を殺したのである。

 *  *  *

 インディアン問題はインディアンをどう救うかという問題ではない。インディアン問題はわれわれの問題である。われわれをどう救うかという問題である。(p.256)

 この本を通読してみて、こうした著者の思想と人格を深く信頼できたのだが、その肩書「九大理学部卒 量子科学 カナダ・アルバータ大学教授」の「理学部」「量子科学」というのが、こうした分野の書物は、本来、文学部哲学科や人文歴史などの分野の識者が書くものなのではないかと、ピンと来なかった。

 藤永茂氏には、「「闇の奥」の奥」という著作もあるが、こちらも、「アメリカ・インディアン悲史」を書いた著者らしく、重厚な内容であり、通読した。内容としては、やはり文系の著作の印象をもった。

amamu.hatenablog.com

 さて、前置きが長くなったが、映画「オッペンハイマー」を見てから、本屋で関連書物を探してみたら、すでに紹介したように、映画の原作本以外に、「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」*2という本を見つけた。著者は馴染のある藤永茂氏。早速、購入したことは言うまでもない。

 この労作を一読し、さらに気になるページを斜め読みしてみて思うことは、映画「オッペンハイマー」を見るなら、藤永茂氏の「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」は必読書であるということである。まさにドンピシャリのおすすめである。

 理由は、第一に、映画「オッペンハイマー」の内容は、ストローズの没落も含めて、ほとんどのエピソードが本書に収められていること。さらに、それが信頼の置ける中味であること。(藤永氏は、「おわりに」で、「本書は多数の文献にもとづいて書かれた。オッペンハイマーと面識のあった方々にも接触したが新しい事実は得られなかった。私が、会話や状況の叙述を勝手に創作した箇所は一つもない」と書かれている。)

 第二に、映画にも登場する理論物理学・量子物理学の科学者たちが網羅され、さらに(映画では知りえない、あるいは映画では不十分な)その人物像を知りえる具体的言動に接することができること。

 第三に、映画に関わるところでいえば、「ロスアラモス」「核国際管理の夢」「戦略爆撃反対」「オッペンハイマー聴聞会」「物理学者の罪」「晩年」*3など、詳述されていること。

 映画「オッペンハイマー」を見ようとする方、あるいは見た方には、おすすめの一冊であることは間違いないが、短所をあら探しするとすれば、ひとつは、簡単に読めないほどの分量があるということ。もうひとつは、これはもっと深い課題というべき問題であるが、藤永氏自身が「おわりに」で書かれている村山馨著「オッペンハイマー」(大平出版社、1977年)に謝意を述べつつ、次のように語っていることだ。

 …私には、村山氏のオッペンハイマーに対して心情的に好意的すぎるように思われた。つまり、私には別のオッペンハイマー伝が書けると思ったのである。

 それから一〇年、私はかなり広く読み漁り、絶えずオッペンハイマーのことを考え続けてきた。その結果、私が見出したことは、私も、まわりまわって、結局は村山さんが立っておられた場所に戻ってきてしまったという事であった。(p.440-441)

 この「心情的に好意的すぎる」という点は、本書を一読してみての、私の印象とも合致する。

 「湯川が原水爆を絶体悪として平和運動を進める一方で、依然として物理学研究の喜びを語っていることが許せなかった」文芸評論家唐木順三は、核兵器が絶体悪であるならば、「その「絶体悪」を生んだ物理学そのものも「絶体悪」であると考えた」と、著者は、本書の「序」で述べ、「核兵器は悪いが、物理学は悪くない、ということがあり得るか」(藤永)と問いかけている。

 心情的には、この唐木順三の「声高な非難」のほうに共感を覚えてならない。

 さて、著者は、本書の「序」でさらに次のように述べる。「一九六七年、オッペンハイマーは、核兵器は悪だが物理学は悪ではないと信じたままで世を去った」と。長崎で原爆が炸裂したとき福岡市郊外に住んでいた著者は長崎で被爆した実兄をもつ。この「核兵器は悪だが物理学は悪ではない」という認識は、想像もつかないほどの思想的そして学問的葛藤の末に長年かかって到達したのだろう。

 この答えはまさに物理学者である著者だからこそのものと推測するが、私のような物理を学問的に学んだことのない者にとっては、著者のような答えに到達しようもない。

 「心情的に好意的すぎるように思われ」るのは、おそらく物理学を専門とした著者の深い洞察と、まさに物理学に生きてきた証のことからに違いない。しかし、重たく、深い。「不毛な答、責任の所在をあいまいにする答では決してなかった」という言質にウソはもちろんのこと、レトリックもないのだろう。しかし、重く、深い。重く、深すぎる。

…人間ほど同類に対して残酷非情であり得る動物はない。人間が人間に対して加えてきた筆舌に尽くしがたい暴虐の数々は歴史に記録されている。それは不動の事実であり、人間についての、失うことのできない確かな知識である。

 オッペンハイマーの生涯に長い間こだわりつづけることによって、私は、広島、長崎をもたらしたものは私たち人間である、という簡単な答に到達した。私にとって、これは不毛な答、責任の所在をあいまいにする答では決してなかった。むしろ、私はこの答から私の責任を明確に把握することができた。唐木順三の声高な非難にもはっきり答えることが出来るようになった。「物理学を教えてよいのか、よくないのか」という切実な問題に対する答も出てきた。「物理学は学ぶに値する学問である」。(p.013-014)

*1:ロサンゼルスから国内飛行機を乗り継いでアルバカーキーからレンタカーを借りてアメリカ合州国西部を周遊した。オッペンハイマーが愛したニューメキシコも訪れた。サンタフェ・タオスプエブロ・メサベルデ・フォーコーナーズなども訪れたが、直接ロスアラモスを訪ねることはなかった。

*2:初出は1996年3月、朝日新聞社より刊行。

*3:これらの「 」の引用はすべて藤永茂ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」の小見出しからとっている。

「オッペンハイマー」 ー「ヒロシマ紀元」という歴史認識と「核時代」に生きる哲学的意味を考えさせられる映画ー

Oppenheimer

 クリストファー・ノーラン監督*1による映画「オッペンハイマー」を劇場で観てきた。

 映像もさることながら、圧倒的なロゴス、ことばの洪水の3時間だった。

 1回の鑑賞では理解は難しいとの評判の映画*2で、英語も完璧に理解できたわけではないし、量子理論物理学アメリカ政治史も正確に理解できていないのに、印象を述べるなどおこがましいことはわかっているが、にもかかわらず、自分なりに理解できたことがあることと、R指定ではあるが「オッペンハイマー」は観るべき映画であると感じたことから、1回の鑑賞で感じたことを書く。

 もちろん、監督の意図は別にして個人的な受け止め方に過ぎないが*3、一言でいえば、「ヒロシマ紀元」という歴史認識と「核時代」に生きる哲学的意味を表現した反核文化芸術作品のひとつではないかというのが私の第一印象だ。

 以前、記事に書いたことだが、「…人類の歴史は、…“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史」(芝田進午) - amamuの日記から今一度引用すると…。

 1982年3月29日から4月2日。国連大学主催の国際シンポジウム「世界の地理的―文化ビジョン」がイギリスのケンブリッジ大学で開かれ、文化史・文化論の研究者が12か国から参加し、日本からは哲学者・故芝田進午氏(当時広島大学教授)が出席し報告した。

 報告を練る際に芝田氏が心をくだいたことは、いかなる学術用語・基本概念・キーワードを使うかということだった。
 シンポジュウム提出論文(英文)で使った基本概念、シンポジュウム口頭報告で解説し国際語として普及することを氏が望んだ用語こそ「ヒバクシャ」(Hibakusha)という日本語であった。

 芝田氏の問題意識の核心は、「核時代のはじまり以来の人類の歴史は、原爆犠牲者としてうまれた“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史であり、またこのことが認識され、自覚されてきた歴史である」という点にあった。

 すなわち、いまや地球上の人間はすべて“死の灰”を身体のなかに吸収させられており、その遺伝的影響を予測できないこと。すでに全人類はいまや潜在的被曝者になっているという視点である。芝田氏は、シンポジュウム報告の際に「あなた方やあなた方の家族もすべてヒバクシャなのだ」と喝破された。

 こうして、「いまや人類はすべて”ヒバクシャ”になった。だから、これからは”ヒバクシャ”という日本語はローマ字で表現され、国際語として通用させられなければならない」*4。映画「オッペンハイマー」は、ヒロシマ以降、そうしたヒバクシャ的存在となってしまった人間存在にたいするメッセージとして受け止めることが可能ではないか。

 「”反核文化のジャンルは、ヒバクシャの証言記録、文学、音楽、絵画、写真、映画、評論、等、文化のすべてのジャンルにおよぶが、その共通の特徴はただ一つ、核時代の文化であり、”文化の絶滅を阻止する文化”であることにある。人類史上、これほど大きな意義をもつ文化がかつて出現したであろうか」*5と故芝田進午氏は述べているが、映画「オッペンハイマー」も、こうした「反核文化」の一線上に位置づけられるのではないか。

 以上、一度しか鑑賞していない映画であり、詳細は理解できていないから、以下は映画批評にもならないが、一度の鑑賞で理解できたことを書く。

 映画の冒頭で、FISSION(「核分裂」)と FUSION(「核融合」)と出てくる。

 FISSION(「核分裂」)は「核分裂」を利用してつくられた原爆を、 FUSION(「核融合」)は「核融合」を利用してつくられた水爆を、それぞれ象徴しているのだろう。そして、前者では、オッペンハイマーが国家機密を漏洩する可能性のある危険人物、ソ連のスパイではないかとされる1954年のオッペンハイマー聴聞会が、後者では、ストローズがアイゼンハワー内閣の商務長官に適任かどうか聴聞された1959年のストローズ公聴会を舞台に、前者はカラーパートとして、後者はモノクロパートとして、話が展開していく。原爆開発ではマンハッタン計画を導いた立場のオッペンハイマーが、後者では、原爆製作を後悔した理由からではないが水爆開発に否定的立場を取ったという視点も入って、レコードでいえばA面とB面のように展開していくのだが、これが、時系列が編集されて展開していくしかけになっている。

 核分裂反応(Nuclear Fission)から出現する巨大エネルギー。核分裂反応から放出される中性子、その連鎖反応を利用してつくられた原子爆弾

 映画の中で、限りなくゼロに近い可能性ということだが、核分裂反応の連鎖反応が大気中の窒素に核融合連鎖反応を引き起こして大気の発火が始まるのではないかという当時の恐怖も重要なモチーフとして語られる。

 さらに、エネルギー放出量で原爆よりも100倍から1000倍も大きい水素爆弾なのだが、原爆製作を成功させたオッペンハイマーがその開発と使用を消極的に考えることになる水素爆弾*6核融合反応(Nuclear Fusion)を利用してつくる水爆はテラー*7がつくることになる。

 そして、こうした原水爆開発競争は、核開発戦争が止まらない米ソという連鎖反応のアナロジーとなり、オッペンハイマーに襲いかかる。

 ヒロシマが熱光線と爆風と炎とガンマー線・中性子死の灰に包まれたあの日。

 ヒロシマ以前とヒロシマ後の世界は、まさに一変してしまった。

 この点で思い起こすのは、繰り返しになるが、歴史区分として「ヒロシマ紀元」を提唱していた故芝田進午氏の著作とその思想である。

 ヒロシマへの原爆投下を、「絶滅そのもの、人類史上もっとも残虐な核絶滅、”核の火”による皆殺し、文化の破壊そのもの」「人類絶滅の危機の時代」が始まってしまったという意味で、「人類絶滅にいたるような最初の犯罪」と呼んだ故芝田進午氏。

 「核時代の平和思想」*8という小論で、次のように述べている。

 わたくしは、いつも考える。あのことよりももっと重大な事件がかつてあったであろうか、と。そのたびごとに、わたくしは確認せざるをえないのだ。あのことよりももっと重大な事件は人類の歴史にはなかったのだ、と。なぜなら、人類史上はじめて、歴史そのものが終わり、地球上の生命そのものが根だやしにされる可能性がうまれてしまったからである。したがって、人類の歴史は、あの日を境にして、”ヒロシマ以前”と”ヒロシマ以後”に区分されなければならない。”ヒロシマ紀元”にはじまる核時代に突入して以来、人類は、核絶滅の脅威のもとで約四〇年間、生存しつづけてきたが、この生存は、今後、何年間、つづきうるのであろうか。人類が絶滅されてしまう可能性をわたくしたちは否定できるであろうか。(後略)

 映画の一場面を取り上げると、日本のどの都市に原爆を試してみるべきかという作戦会議で、日本人にとっての古都の重要性に鑑み、おまけに新婚旅行でいかに京都が素晴らしい街であるか個人的に知っているので京都ははずそうという提案がなされる。

 ここでも思い出すのは、むかし読んだ本多勝一の「ヒロシマの死と京都の生」という論稿だ。*9

アメリカが日本の古都を「保護」したことは事実でしょう。ただし、保護したのはその古都そのもの即ち法隆寺苔寺東本願寺やに象徴される「古都」であって、そこに住む人間では決してなかったのです。アメリカ先住民を見て下さい。あの、アメリカを侵略した西欧にとって「珍しい」文化だったアメリカ先住民諸文化は、博物館の中に見事に「保護」されました。しかし生身の人間としてのアメリカ先住民は、ほとんど絶滅に瀕し、生き残った連中は荒涼たる沙漠の自然動物園としての「保留地」に押しこめられたままなのです。よく考えて下さい。京都や奈良は、これと全く同じ感覚で「保護」されたのでした。アメリカが保護したのは、日本人という人間ではなくて、古都の建物や庭石だったのだ。(後略)

 核時代に生きざるをえない私たちにとって、核に対して中立的な立場はありえない。日本には、原爆文化として、中沢啓治の「はだしのゲン」、井上ひさしの「父と暮らせば」など一連の反核文化と呼ぶべきすぐれた文化創造活動がある。核時代にあって、映画「オッペンハイマー」も、反核文化芸術*10として、十分な価値をもつ作品ではないか。

 これは映画の話ではなく現代政治の話になるが、現在に至るまで、日本は、核廃絶というヒバクシャの切なる願い・ヒロシマ大義と人類の大義を裏切って、核兵器禁止条約に批准していない。ヒロシマナガサキ、そしてビキニを経験した日本だからこそ、日本国政府、いわんや広島出身とされる岸田首相が、核兵器禁止条約を批准しないことなどありえない。人間がつくったものなのだから、人間は壊すことができるはずだ。

 オッペンハイマーは、アメリカのプロメテウス*11と呼ばれた。言うまでもなく、神々から火を盗んで人類に与えゼウスから郷網をうけることになったプロメテウスにちなんでつけられている。

 映画「オッペンハイマー」は、ヒロシマナガサキ以降、まさに「核時代」の中に生きる私たちという存在、まさにヒバクシャ的存在という存在であることを再認識させられる映画だった。

「あなた方やあなた方の家族もすべてヒバクシャなのだ」(芝田進午/1982年)

 シナリオも無料でダウンロードできることがわかったのでダウンロードした。シナリオの題名は" gadget "(「ガジェット」)となっていた。シナリオも読んでみるつもりなので、感想も変わるかもしれないが、以上、第一印象にすぎないが書いてみた。

*1:これまでクリストファー・ノーラン監督作品を観たことはなかった。

*2:YouTubeでもさまざまな解説動画があり、中でも「たてはま」氏による【復習/予習】結局どういうこと?オッペンハイマーのすべてがわかる解説動画【ネタバレあり】 - YouTubeが大変参考になった。

*3:オッペンハイマー」を製作したクリストファー・ノーラン監督が、彼の子ども(若い世代)が環境問題により関心があり、核の問題については関心が薄いことに驚いたという感じのインタビューを聞いたことがある。ノーラン監督に核軍拡問題を考えてもらいたいという意図があることは明確なように感じる。

*4:p.10「核時代 Ⅱ 文化と芸術」芝田進午(青木書店)1987年

*5:p.12「核時代 Ⅱ 文化と芸術」芝田進午(青木書店)1987年

*6:映画鑑賞後に、「ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」藤永茂(筑摩書房)を購入した。まだ斜め読みだが、これによると、オッペンハイマーが委員長であった、AECの諮問機関の一般諮問委員会(GAC)の1949年10月30日の報告書によれば、水爆について全員一致ではないが、気持ちとしては、「何らかの方法でこの兵器の開発を避けることができることを全員が希望している」と述べているとある。

*7:ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者」藤永茂(筑摩書房)によると、水素爆弾に対するオッペンハイマーの姿勢は懺悔や後悔といった単純なものでないことがわかる。また、藤永氏は、テラーのことを「「嘘つき」テラー」と書いている。藤永茂氏のこの著作は精読に値する労作と感じる。

*8:広島大学総合科学部でおこなわれた平和教育のための講義「戦争と平和の総合的考察」の一部を芝田進午教授が担当し、そのために書き下ろしたテキスト。「核時代 Ⅰ思想と展望」芝田進午(青木書店)1987年所収。

*9:ヒロシマの死と京都の生」本多勝一1970年。「殺される側の論理」1971年所収。

*10:故芝田進午氏は、「”反核芸術”の特殊性と普遍性」という論稿で、反核芸術の特徴として、「ヒロシマナガサキにおける”核の火”による火焔地獄、一瞬にしておこなわれた点で史上未曽有の大量かつもっとも残虐な殺戮の実相をえがき、告発する芸術である。そのかぎりで、”反核芸術”の多くは、理想、フィクション、想像力によってうみだされた芸術ではなく、ある種のドキュメンタリ芸術であって、読み、あるいは見る人に”核の火”の地獄の残虐さを訴えないではおかない。その創造にあたり、芸術家は、芸術的想像力をふくらます必要はそれほどなかったであろう。というのは、アウシュヴィッツについてもいわれたことであるが、現実の方が人間の想像力をはるかに凌駕してしまっていたからである」と述べ、「ヒロシマナガサキでの核絶滅は、残虐、悲惨、無情そのものであって、美しいはずがなく、その芸術的形象化から「審美的喜悦」がうまれるはずがない。”反核芸術”の作品は、現実の「理想化的変形」ではなく、むしろ「醜悪化的変形」の産物にほかならない。ピカソの「ゲルニカ」もそうであったように、「醜悪化的変形」が”反核芸術”ーーーそして”反ジェノサイド芸術”ーーーの一つの特徴なのである」と喝破されている。

 また、要約になるが、「死の芸術」であり、それゆえ「核による死」を「生が克服することを願う芸術」「希望の芸術」でもあり、「反核芸術」そのものが「それ自体の歴史をもつようになった」とも書かれている。この意味で、映画「オッペンハイマー」もこうした一線上にあると言ってよいのではないか。

*11:映画の原作本の題名は「アメリカン・プロメテウス」。

【衆院補選】自民全敗という惨敗結果

www.asahi.com

 昨日おこなわれた衆議院議員補欠選挙の結果を見た。印象的なものに過ぎないがいくつか感じたことを書く。

 第一に、自民党惨敗を指摘できるだろう。

 自民党は、島根1区こそ、候補者を立てたが、東京15区も長崎3区も候補者を立てることができなかった。言うまでもなく、裏金問題や金権腐敗自民党政治に対して国民にたいして説明責任を果たし、問題解決に挑戦できておらず、自民党の看板で選挙戦を勝利する自信がもてなかったからであろう。その結果として、島根1区にかろうじて候補者を立てたものの、東京15区も長崎3区も候補者を立てることすらできなかった。これでは政権与党失格と指摘されても反論すらできないだろう。

 補選3つで、2つの選挙区で候補者を立てることができず、立てた選挙区でも、2万4千票余り(17.64%)の差をつけられて負けたとなれば、これは自民党惨敗と言われても仕方あるまい。島根1区は、故細田博之氏の連続当選9回という自民党の牙城であるから、その意味でも、自民党惨敗と言っても過言ではない*1

 第二に、その投票率の低さである。こうした政治不信の責任が自民党公明党の悪政とその反省の無さにあることは言うまでもない*2

 最も高い投票率の島根1区の54.62%ですら、2021年の前回の衆議院選挙の61.23%よりも、6.61%低い。東京15区は、40.70%と、前5回の選挙の最低の55.59%をさらに14%以上も低まった。長崎3区の投票率は、35.45%で、長崎県内の国政選挙で過去最低を記録した*3

 繰り返しになるが、こうした低投票率の責任は、政権与党の悪政と反省の無さにある*4

 第三に、そうした中にあって、金権悪政・不祥事・スキャンダル・人権侵害・腐敗・汚濁、にもかかわらず、振り返って向き合うことすらしない無反省に国民はうんざりしきっている、また、そうした中にあっても、まともな政治を求める有権者の確固たるコア的存在が示された点も指摘しないわけにはいかない。

 政治不信が渦巻き、無関心・閉塞感が広がる中、今回の補選では、まさに低投票率のなか、国民のためのまともな政治を求める有権者の存在が、選挙結果に反映したと考えられる。ひとことでいえば、真の、市民と野党の共闘である。立憲民主党候補者全勝はその結果に過ぎない。勝利したのは市民と野党の共闘であるというほかない。

 日本政治の劣化はアベ・スガ政権の頃より、ますますひどくなり、岸田政権でその定向進化はさらに悪化しているように見える。これが一部識者の見方ではなく、国民大多数の見方になってきているのは、問題の「見える化」が国民に広く誰の眼にも明らかとなってきており*5、にもかかわらず、変革の兆しを自公政権が打ち出しえず、さらにその補完勢力に対する幻想も萎み、ますます悪化していく予測しかもちえなくなっているからだろう。これでは、みずからのいわば抵抗権・革命権*6を行使するほかない。

 島根1区でいえば、本来なら、故細田博之氏の弔い合戦ということで、自民党に有利にはたらくところが、故細田氏の不祥事であるセクハラ疑惑や統一協会との関係、そして裏金問題が誰の眼にも明らかとなり、おそらくそうした批判の受け皿として、地元の名士でもある立憲民主党女性候補者に投票しやすかったことも手伝って、当選となった。

 長崎3区では、自民党支持者の投票行動は2分割し、その半分以上が立憲民主党の候補者に投票したと報道されている。

 立候補者が乱立した東京15区でも、自民党支持者の投票行動は、分裂・分散し、立憲民主党の候補者にも投票行動が流れたと報道されている。

 自民党と同様に、維新の会の候補者が、東京15区では第3位、長崎3区の立憲候補者との一騎打ちでも3割の得票しか取れず、それぞれ惨敗したのは、メタンガスのガス爆発が起きてもはや安全・安心ともいえない大坂万博の、IRがらみの税金の無駄遣いという問題が明るみになっていることと無関係ではあるまい。

 さらに、乙武洋匡氏が11.51%の得票率で第5位に沈んだのは、候補者本人の女性スキャンダルはもとより小池都知事のカイロ大主席卒という学歴詐称疑惑スキャンダルと、さらに都民ファースト人気の陰りと無関係ではないと考えられる。小池百合子の大惨敗と言えよう。

 

 さて、自民党・維新・小池百合子氏、(そして連合)の惨敗となった今回の補選の結果を受けての政局はさらに流動的になるであろう。

 それでも、いくつか指摘しておきたいことがある。簡単に述べるならば、以下の五点になる。

 第一に、岸田政権、そして自民党、さらに自公政権は、今回の選挙結果を受け、打つ手なしの手詰まり感があり、自公政権の終わりの始まりになる可能性があること。

 第二に、立憲民主党が勝利したというより、野党共闘が勝利したということ。

 第三に、さらに日本維新の会や国民民主党、そして小池百合子氏など、今回の野党共闘に参加しなかった自民党補完勢力ともいうべき政治勢力に野党の資格が全くないこと。

 第四に、今回の一連の裏金問題を振り返るならば、しんぶん赤旗報道と、政治とカネの闇を追求してきた上脇博之(ひろし)神戸学院大学教授の告発に端を発している経過は明らかであり、たとえば麻生太郎氏のような「立憲共産党」という物言いが国民を脅しにかかる脅迫的な危険な言葉であることが理解できるだろう*7。真の、市民と野党の共闘をすすめるために、たとえば、「立憲共産党」という悪罵にたいしても、その「再定義」(reclaiming)と「再適用」(reappropriation)が求められている*8

 第五に、立憲民主党にたいして、連合など、真の野党でも真の労働組合でもない、さらなる右の揺さぶりと立憲民主党内部の権力闘争が予想されるが、国民の真の要求に沿った市民と野党の真の共闘がめざされなければならない。

 さて今年に入って、以下のような記事を書いた。

amamu.hatenablog.com

 以上、あえて言うまでもないことばかりかもしれないが、今回の選挙結果を受けての第一印象である。

*1:「島根は47都道府県のうち、衆院総選挙の小選挙区で過去に1議席も落としていない、ただ一つの県だ。補選とはいえ、最強の王国での敗北は、党内に衝撃を与えている。」(4月28日付朝日新聞

*2:今回の衆院補選で公明党がどのように動いたのか、詳報が待たれる。

*3:期日前投票有権者比は、おおよそ島根1区で24%。東京15区で13%。長崎3区で15%。

*4:当選者の得票数は新聞報道でわかるが、各選挙区における当選者の有権者総数比の得票率がすぐに見当たらない。調べてみると、やはり、ほとんど報道がない。Bingでもウソの数字が出てくる。各選挙区の選管の広報もわかりづらい。仕方がないので、各選挙区の選管による当日の有権者総数を調べ、得票数÷有権者総数×100でパーセントを出してみた。東京13区の当選者が11.498%。島根1区の当選者が31.659%。長崎3区の当選者が22.986%だった。もちろん、東京は候補者が乱立していたこと。島根と長崎は一騎打ちであった要因があるが、低投票率が関係している点は否めない。民主主義として問題である。と同時に、政権交代の課題は実現可能な課題と理解できる。

*5:この点では、もはやジャーナリズムとはいえないマスコミの堕落とは対照的にあかはた報道や文春砲、東京新聞などの地方紙、良心的ジャーナリスト、デモクラシータイムス・アークタイムス・一月万冊など一部YouTuberの仕事が光っている。

*6:革命権については、有権者は参院選の投票に行こう - amamuの日記を参照のこと。

*7:たとえば、60年代のアメリカ合州国で、blackの定義として、dirty や not pureを定義にあげている辞書を嘘だといい、逆に、Black is Beautifulと「再定義」した運動はそうした一例。「再適用」の例としては、たとえば、LGBTQでqueer を「再適用」した例がそうした例に当たるだろう。

*8:一言で簡単にいうならば、市民が「反共」という悪罵・攻撃に影響を受けない政治的教養を身に着けるということだ。

「これまでですな」(室戸半兵衛)<「椿三十郎」> 確かな人格をもち、深い洞察力と知恵をもって、今年こそ良い年にしたいものです

 黒澤明の映画「椿三十郎」(一九六二年)*1

 不利な立場に置かれても不正を憤りお家騒動解決のためには命をも投げだす義のある九名の若い侍たち。けれども悪を成敗するための肝心の知恵と腕っぷしは十分ではない。そこに知恵も刀も強い椿三十郎三船敏郎)が助っ人として現れ悪を懲らしめ不正を解決する。「椿三十郎」はカタルシス満載の秀作だ。さて形勢大逆転されて自尊心を傷つけられた室戸半兵衛(仲代達矢)のセリフが「これまでですな」である。


 モリカケサクラだけでも安倍政権は「これまでですな」というべき七年八カ月だった。それでも自らの反国民性や腐敗・嘘を潔く認めることはなく、カネでも統一教会でもメディアでも芸能界でも何でも使って集票し権力に居座り悪事の限りを続けた。そうした政権を恥じることなく継続すると断言して誕生した菅政権。日本学術会議の新会員任命拒否問題は当然の帰結である。続く岸田政権が、安倍・菅政権以上に、次から次へと悪法を通し、悪政を継続しているのは実に驚くべきことだ。原発再稼働。核抑止論の是認。NATOへの肩入れ。防衛費倍増。敵基地攻撃能力容認。軍事産業の礼讃と販売。マイナ保険証と裏金問題。血税大浪費の大阪関西万博。こうした悪政に呼応するように吉本興業をはじめとする芸能界とマスコミの腐敗。ジャニーズ・宝塚…。


 まさに「これまでですな」というべき社会状況に唖然とする他ない。


 「椿三十郎」は、殺陣も見事だが、実は、暴力を越えたところの価値観・哲学を表現している。城代家老夫人(入江たか子)は、「本当に良い刀はサヤに入っているものですよ」と三十郎を諭し、その三十郎が「いい刀は鞘に入っている。お前たちも鞘に入ってろよ」と若侍に忠告する。また城代家老伊藤雄之助)と夫人の人格を通じて深い洞察力と寛容精神の重要性を強調する。黒澤は刀より夫妻の人格のほうこそ上に描いているのだ。


 確かな人格をもち、深い洞察力と知恵をもって、今年こそは良い年にしたいものです。

椿三十郎

*1:俺の場合、黒澤明の「椿三十郎」を初めて観たのは海外での経験だった。初見はサンフランシスコの映画館ストランド。黒澤明の「椿三十郎」 - amamuの日記

"The Guy (Pablo Lopez) Was Dealing"

 MLBポストシーズンを迎えているが、大谷翔平投手がいないので、ほとんど見ていないのだが、たまたまアメリカン=リーグ地区シリーズ(ALDS)の第2戦を見た。

    Pablo Lopezが、ミネソタ=ツインズの先発投手をつとめ、100球以上を投げて7回まで無失点と好投した。

 降板後の試合中のインタビューが面白かったので、その概略を拙訳で紹介する。

 インタビューアーから特別上級水準の投球でした(That was a masterclass in pitch-making)。みごとに0点におさえましたね(excecuting it perfectly)と言われて、パブロ=ロペス投手は以下のような内容で英語で答えていた。

 相手打撃陣は優秀なので、油断できなかった。0点におさえられた(excecuting)のは結果。上下左右とストライクゾーンいっぱいを使って投げた(using all sides of the plate)。それが一番重要なこと(the biggest thing)。自分のチームの打撃も良かったし、あとは守備を信頼して(trying to use my defence)守備陣にまかせた(challenging them)。

 シーズンを通じて、調子を上げているのは、怪我無く(healthy)、ルーチン(routine)を大切にして準備をしているからだと思う。たまには外出して息抜きもした(have fun)。モチベーションというより、むしろ自制心と自己管理(discipline)を大切にしてきたからだと思う。

 (中略)

 今日の試合は楽しかった(Happy flight)。

 解説者も、野球はチームによる試合だと、パブロ=ロペスがdiscipline (自制心) と述べたことにえらく感激し、試合では masterclass の投球であり、またインタビューでは masterclass の回答だと高く評価した。そもそもファンだったけれど、こんなインタビューを聞かされたら、ファンにならないわけにはいかないと付け足していた。

   パブロ=ロペスは27歳。ベネズエラ出身。両親は医師で、医師をめざしていたときもあったが、野球選手になったいう経歴の持ち主。

 MLBにはよい選手が少なくないようだ。

 以下は、MLBの記事から。

 "The guy was dealing"のdealingの意味するところは、"in the zone", "lights out"ということ。投手が打者と試合を支配して素晴らしい投球をしたという俗語的に使われる野球用語。カードゲームのディーラーから来ているらしい。

www.mlb.com