利権的・売国奴的・差別的、なにより教育的でない都立高校入試へのスピーキングテスト導入の中止を求めます

〇都立高校入試に英語スピーキングテストが導入される

 2022年度から約8万人の東京都立高校受験生に対して都立高入試に英語スピーキングテストが導入されるという。事業主体は都教委。運営主体はベネッセ。試験監督は外部人材。採点はフィリピンでおこなうという。かつて都立高校を受験し都立高校で英語を学んだ者として、そしてその後、私大付属高校の英語教師として長年英語教育にかかわってきた者として、このようなひどい教育政策がいま都立高校に導入されようとしていることに驚きを禁じえない。

〇これからの時代はスピーキングも必要だろうという単純な議論では済まされない

 これまでの読み書きの英語教育に、まずリスニング、そして今やスピーキングを導入するのは、グローバル時代の趨勢ではないのかと、素直な受け入れ意見が少なくないようだが、今回の問題は、そんな素直な受け入れで済ますことはできない。

 以下、思いつくまま、反対意見を述べたい。

〇教育とは、評価とは、スピーキング評価の公開性(正確さと公平性)

 前置きが長くて申し訳ないが、まず、教育とは、評価とは。

 「教育者自身が教育されなければならない」という有名なテーゼがある。教育者というものは評価され続けて完成されるはずもないから、教育に従事する者の覚悟として、教師自身が教育され教師として成長し続けなければならない。
 これは評価も同じで、評価する者がまず評価されなければならない。一般に、試験は生徒を試すものと思われているが、実は教師が試されている。どの程度の試験問題をつくるかで、教師の能力が問われているということだ。「最近接発達領域」といわれる課題設定は、生徒が少しだけ背伸びする水準に目標を設定して、生徒をそこまで引き上げたいということだ。そして試験は、難しい試験を作成すればよいというものではない。易しい問題作成であれば、生徒を甘やかしている、小馬鹿にしているということにもなる。「すべての生徒が100点を」(加藤文三/1977年)という教育実践があったが、少しだけ背伸びする水準にすべての子どもを到達させるというのが教育のひとつの理想である。
 5段階評価や100点評価など、古典的評価形態が点数評価だ。点数評価はいわばデジタル。単純だが、荒い。弊害もある。一方、記述評価はアナログ。評価者のコミュニケーション能力が問われる。教師による公表評価も重要だが、公表されることのない生徒の自己評価も軽んじることはできない。教師による評価など当てに(依存)しない自己評価のしっかりした生徒も少なくないからだ。
 その他、いろいろな評価形式があるけれど、そもそも、その評価者に評価させてよいのか。評価者自身の評価が必要だというのは、基本の基だろう。
 教師は日々生徒を評価していると言われるが、教師も生徒から日々評価されていることを忘れてはならない。

 さて、ようやく入学試験の問題に移る。
 入学試験の採点が、正確さと公平性が要求されることは言うまでもない。
 入試採点では、教師が想定した解答以外の別解が出てくることは普通のことで、採点中、採点者全員での議論が必要であり、採点基準は共有化されながら採点されないといけない。また、言うまでもなく、人は間違える。教員といえども、採点間違えは想定内である。したがって、採点済みの答案を点検する(再度採点する)体制をつくることは当たり前のことだ。
 国内の入試でも、今日塾などのチェックがあり、公開された模範解答の訂正などよくあることだ。採点、そして合否に、間違いがあってはならないし、間違いは最小限度にしなければならないが、採点し直しによる入学式後の合否の訂正も、これは学校の品格によるところが少なくないが、普通にあることだ。
 試験問題作成、試験実施の運営体制、採点業務のあり方は、要求があれば、説明責任として、可能な限り公開しなければならない。どのような能力をもった採点者・採点体制が、どのような基準で評価を下すのか。その評価の妥当性を説明しなければならない。採点ミスが起こったときはどのように対処するのか。入試実施前もしくは実施後に明らかにされなければならない。それなしに、試験を実施することは許されない。これらは試験を課す側の最低限の責任と義務と言えるだろう。

 ここからが批判的論点になるのだが、今回の英語スピーキングテスト導入にあたって、「運営体制、問題作成、採点業務等については、テストの公正・公平な運営上の機密事項に当たるため、公表することはできません」というのが実施する側の回答であるとのこと。私はこれを聞いて唖然・愕然とした。これひとつだけとってみても、今回のスピーキング導入はアウトではないのか。
 「運営体制、問題作成、採点業務等について…公表することはできません」とは!「テストの公正・公平な運営上の機密事項に当たるため」というのは全く理由にならない。まるで意味不明だ。

 今回の導入が、反教育的と言わざるをえない所以である。まず、試験を課す側が、教育とは何か、評価とは何か、学ぶべきだ。こんな試験を課そうとする教育者は教育者とも言えないのだが、「教育者自身が教育されなければならない」というテーゼをかみしめるべきだ。

〇英語スピーキングテスト評価点の偏重
 通常都立の入試は2月頃の実施となるはずだが、スピーキングテストは11月~12月の実施と、スピーキングテストは前倒しになるようだ。対面式でなくタブレットを使用して録音されたものが採点され受験者は1回だけ受験できる制度という。スピーキングというわりに、なんとも機械的で非人間的だが、試験内容としては、Part Aとして、音読のちから。Part Bとして、図示された情報を読みとり、質問を聞き取ったうえで、応答する。Part Cとして、日常的なできごとの話の流れを踏まえて相手に伝わるように説明するちから。Part Dとして、身近なテーマに対して自分の意見とその理由を伝えるちからをみるという。

 ひとつの問題として指摘されているのは、英語スピーキングテストの配点の高さ(偏重)だ。 

 中学3年間の学習の評価として、英語で「5」をとると、調査書点は23点になるという。一方、11月から12月にかけてのたった一日に受ける英語スピーキングテストは、20点の配点になるというが、この配点は大きすぎておかしい。国語・数学・理科・社会の調査書点が最高約23点なのに、英語は全部で43点にもなってしまう。これはバランスを欠いていると言われても仕方ないだろう*1

〇公平な採点は可能なのか(評価の信頼性)

 配点の大きい英語スピーキングテストの公平な採点は可能なのか。信頼できるのか。
 都教委の西貝氏は「誰が採点しても同じであることを確認しており、信頼できる」と言っているが、現場で普通に仕事をしてきた教師であれば、こうした意見を鵜呑みにできる教師はいないだろう。
 結論からいえば、約8万人の受験生のスピーキング評価を公平に採点することなど不可能である。公平でない採点で入試の合否が左右されるとなれば、合否判断は合理性に欠け、取り返しのつかない無責任な入試とならざるをえない。15の春を泣かすことなり、生徒不在の新制度導入と言わざるをえない。
 採点は国内(東京都)ではなく、外国であるフィリピンで採点されるという*2。フィリピンで採点をおこなう組織名、経営形態、雇用人数、雇用形態、専門性の担保等を質問したところ、「組織名と経営形態、雇用人数については、テストの公正・公平な運営上の機密事項に当たるため、公表できません」というのが返答だったという。驚くべき無責任と言わざるをえない。
 そして、評価基準のひとつとして、母語の影響を受けている発音というのがある。ひどく母語の影響を受けている、それほどでもないという程度問題の評価である。こうした基準は独り歩きする。「母語の影響」という基準を設けるだけで、それだけで、塾も生徒も話す内容よりも、母語の影響を削ぎ落す発音に懸命になっていくだろう。そもそも、母語の影響を完全に免れることはできないのだが、これは植民地的というべき愚策ではないか。

 より重要な問題として、英語を話すことを目標にした場合、その英語のモデルをどのように設定したらよいのかというモデル設定の問題がある。古くは、小田実氏が提唱されたイングラント、鈴木孝夫氏のイングリック、渡辺武達氏のジャパリッシュなどの英語モデルのことだ。
 日本全体の中高の英語教育の底上げをはかる際に、英語教育の目的、目指すべき英語モデルを明確にすべきだろう。

 その際に、母語の影響という視点で評価することは、今日的視点としてかなりズレてはいないか。

 「目指すべき英語モデル」については、本ブログでも少し触れたことがある。
 

amamu.hatenablog.com


 そもそも、話すちからを評価することは難しい。ぺらぺら話すが、内容に乏しい発話。訥々とではあるが、深い内容を話す発話。こうしたまさに人格に直結する話すちから(表現するちから)を評価することほど、難しいことはないだろう。
 まさに地球時代にあって、自律的な人間を育てなくてはならない。シェイクスピア研究で有名な英文学者・故中野好夫氏は、流暢ではなかったが、深い英語を話したという。こうしたことを考えるとき、母語の影響の多い・少ないを基準として評価することは、時代感覚からかなりずれていると言えるだろう。
 東京都の公立高校の生徒を選ぶ入試なのに、はたして「外注」(今回の場合はフィリピン)は責任ある入試といえるのか。東京都のテストなのに何故東京都が採点しないのか。
 英語スピーキングテスト導入が売国奴的という所以である。

〇英語スピーキングテスト導入にからむ利権
 TOEFL*3等、大学入試に活用することを提言し、混乱したうえで、頓挫したことは記憶に新しい。安倍晋三元首相が設けた「教育破壊会議」ともいうべき教育再生実行会議。安倍元首相のもとで下村博文文部科学省は「産業界・教育界が一丸となる」ことを強調した。いわば、民間試験の活用。これらは、教育的な課題から出発したとは言いがたい。

 過去に2000万人以上の情報漏洩があったベネッセ。ベネッセIDをとらないと受験できない制度だから、個人情報漏洩の危険性を生徒・保護者が感じるのも無理はない。

 そして、ベネッセがテストを実施するなら、対策もベネッセがよいだろうとなる。一企業を儲けさせるテストを公立高校の入試に使うのは、公教育を私物化すること。教育を食い物にすることではないのか。

 英語スピーキングテストが利権的と言わざるをえない所以である。

〇入試に英語スピーキングテストを導入することは、生徒にムチ打つ政策である、現場の教師を一層多忙化させることにつながる、むしろ教育現場を充実すべきではないのか
 何かの力を伸ばしたいと考える際に、試験に導入すればよしとするのは、最も安易な考え方である。充実した教育を望むのであれば、むしろ教育現場を充実させるべきだ。現場を充実するためにお金を使うべきだ。
 生徒の話すちからを伸ばすには、間違いを恐れないでという励ましが現場で必要なのに、試験で脅す、いわばムチを使う手法というのは、最も安易で間違った考え方である。

 教員を増やす。教育予算を増やすなど、教育政策としてやるべきことはたくさんある。そうした教育充実政策をやらずに、やらなくてもよいことを導入しようとするのはまさにアベコベ政策と言わざるをえない。

 英語スピーキングテスト導入が反教育的というべき所以である。

〇家庭の経済格差が学力格差を生む

 家庭の経済格差が学力格差を生んでいるのはよく知られた事実である。日本は、戦後の新憲法のもとで、教育の機会均等、公教育や健康保険制度など、比較的格差の少ない社会をめざしてきたが、戦後の反動政権は、「画一的」「没個性的」と、イギリスやアメリカ合州国のような差別的社会をめざしてきている。萩生田元文科省の「身の丈」発言などその一端にすぎない。

 英語スピーキングテストが導入されれば、親の経済状況が学力格差を生む状況は一層広がっていくだろう。

 英語スピーキングテスト導入が差別的という所以である。

 以下、参考までに、通訳ガイドというアウトプット重視型の志緒野マリさんの意見を紹介しておく。「発音は重要じゃない」「形にこだわるよりも話の中身が大切」「体験から言う、学校英語はほんとにすばらしい」「日本の英語教育は、そろそろ「アメリカかぶれ」や「イギリス追っかけ」をやめるべき段階にきていると思う」という指摘がたいへん参考になると思うからだ。

amamu.hatenablog.com

 

 今回の問題について、以下の「都立高校入試へのスピーキングテスト導入の中止を求める会」の意見に全面的に賛成する。

 利権的・売国奴的・差別的、なにより教育的でない都立高校入試へのスピーキングテスト導入の中止を求めます。

www.change.org

*1:普通、教育制度において、新制度を導入する場合、その影響を考え、導入時は影響の少ないかたちで導入するのが定石だ。導入する側は、おそらく、そうした教育的配慮など眼中にないのだろう。つまり、導入するなら、影響力の大きなかたちで導入したいという表れなのであろう。これも利権的・差別的・反教育的、そして生徒不在という指摘をせざるえをえない。

*2:なぜフィリピンなのか。まず、なぜ国内(東京都)の責任ある体制で実施しようとしないのかが根本的な疑問である。万歩譲って、新安保体制下では、いわば思考停止状態で、アメリカ合州国の言いなり思考(指向)が主流となっている。英語もイギリス英語というよりアメリカ英語が主流だ。では、今回の導入では、なぜフィリピンなのか。これはEnglishesの中でも差別があり、コストの問題がおそらくからんでいるのだろう。フィリピンが問題だということではないが、差別的な構造であることは間違いないところだろう。

*3:TOEFLは、アメリカ合州国の大学への外国人の留学に用いられるテスト。

「リマスター:サム・クック」(“The Two Killings of Sam Cooke”)を観た

youtu.be

 NetflixSam Cookeの「リマスター:サム・クック」(“The Two Killings of Sam Cooke”)を観た。2019年、1時間14分の作品。

 公民権運動の代表歌のひとつとなった“A Change is Gonna Come”(1964)で有名なサム・クックは1931年ミシシッピ生まれ。幼いころシカゴに移住。牧師の父のもとでゴスペルシンガーとなった。

 宗教音楽に対して、一般的・世俗的な音楽をSecular musicという。悪意をもっていえば、God’s Music(神の音楽)に対してDevil’s Music(悪魔の音楽)ということになる。

 サム・クックは、ゴスペルのソウルスターラーズの人気歌手となる。

 白人女性に対して口笛を吹いたことで殺された14歳のアフリカ系アメリカ人。1955年のエメット・ティル撲殺事件にも大きなショックを受ける。公民権運動が盛んになる前のことだ。

 南部育ちのエルビス・プレスリーは、白人でありながら、黒人音楽に育てられ、黒人文化に敬意を示した。プレスリーはLloyd PriceのR&B “Lawdy、Miss Clawdy”(1952)もカバーした。サム・クックは、黒人でありながら、白人層の聴衆も獲得した歌手だった。

 1957年にソロ歌手としてR&Bに転向し“You Send Me”(1957)のヒットを飛ばす。

 シカゴ育ちのサム・クックは、南部でのツアーで差別を痛感する。

 黒人歌手のサム・クックを使うならとKKKがスタジオ爆破をDick Clarkの番組に予告。映画の中で紹介されるディオンヌ・ワーウィックとの南部ツアーでのエピソードも興味深い。1960年2月のアーカンソージェシー・ベルヴィンの自動車事故死は、切り裂かれたタイヤによる嫌がらせによるものだった。

 1961年5月、サム・クックは、聴衆を人種隔離するメンフィス公会堂(segregated audience)での演奏を拒否。

 ニーナ・シモンの”Mississippi Goddam”(ミシシッピくそくらえ)は、エメット・ティル事件やメドガー・エヴァーズ事件などから生まれた(1964年)。

 “Chain Gang” 白人社会と黒人社会とでは解釈が違うという解説も興味深い。

 James Baldwinを愛読したサム・クック

 Muhammad Ali、Malcolm X、黒人フットボール選手のJim BrownたちとSam Cookeとの交流と連帯は必然であったろう。

 アフロヘア―もサム・クックがパイオニアの一人。このあたりは、本多勝一著「アメリカ合州国」(1970年)が参考になるだろう。

 そして“A Change is Gonna Come”(1964)。

 以前にも書いたように、「Peter Guralnick(ピーター・グラルニック)によれば、Sam Cookeの"A Change Is Gonna Come"は、3つの出来事からつくられたという。

 ひとつは、1963年5月、座り込み(シットイン)中の抗議学生から話を聞いたこと、ボブ・ディランの"Bowin' In the Wind(風に吹かれて)"を聞いて白人がこういう大事な唄が書けるのなら自分も書くべきだと思ったこと、そして、1963年10月、人種隔離政策期のルイジアナのホリディインホテルに泊まろうとして自分自身が逮捕されたこと、さらには同年、マーチン・ルーサー・キングジュニアが”I Have a Dream(私には夢がある)”というスピーチをおこなったこと。

 こうしてサム・クックは、1963年12月21日、ロサンゼルスのRCAスタジオで、教会以外で聞くことのできない公民権運動の講話を物悲しく歌ったのだ。

 The Bandの"Moondog Matinee"(1973)のヴァージョンもぜひ聞いてほしい。The Bandのヴァージョンのリードボーカルは、Rick Danko*1。」

 サム・クックは、33歳で、ロサンゼルスで不可解な死を遂げた。本作のタイトル“The Two Killings of Sam Cooke”は、サム・クックの肉体的死とサム・クックの名誉・人格の死との二重殺人を扱っている。

*1:The Band のヴァージョンは、Sam Cooke の原曲の2番が省かれている。"I go to the movie and I go downtown / Somebody keep telling me don't hang around" この箇所の歌詞は明確に黒人差別を歌っているため、当時の白人社会の価値観からすれば、物議を醸しだし問題となる歌詞だった。The Bandがこの箇所を歌わなかったのは別の理由だと推測されるが、留意しなければならない点である。

“The Beatles Get Back The Rooftop Concert”を劇場で観てきた

 “The Beatles Get Back The Rooftop Concert”を劇場で観てきた。

 ビートルズ解散(1970年)前年の1969年1月30日、ロンドンのアップル社の屋上でのパフォーマンスを中心に64分間にまとめたドキュメンタリー映画。ロンドン市内の屋上でのライブに対して当惑するロンドン市民の声も聞けて、音楽ドキュメンタリーであると同時に社会的ドキュメンタリーにもなっている。

 ライブパフォーマンスでは、続けてではないが“Get Back”が2回、“Don’t Let Me Down”も続けてではないが2回、“One After 909” “Dig a Pony” “I’ve Got a Feeling”の演奏を聞くことができる。

 パフォーマンスは、“Get Back”の演奏をはじめとして無駄な部分が削り落とされ、シンプルでパワフル。ビリー・プレストンのキーボードがさらに盛り立てる。演奏もさることながら、なんといってもヴォーカル。とりわけジョンとポールのヴォーカルハーモニーが素晴らしい。ビートルズが偉大なパフォーマーであることを追体験できる。

 曲目を少し紹介すると、Songfactsによれば、“Get Back”の初期のヴァージョンには"I dig no Pakistanis."(「パキスタン人は嫌いだ」)という一行が含まれていたという。自分の国に返れ(”get back”)という移民問題だ。だから“Get Back”という唄には、イギリスの移民排斥論者に対するからかいが込められている。

 “Get Back”は、ドキュメンタリー映画とアルバムのタイトルにも考えられていた。

 アルバムタイトルとしては実現しなかったが、”get back”には、1966年にツアーを止めていたビートルズがスタジオレコーディングではなく観衆の前でのライブに、いわば原点回帰の意味も込められていた。

 Jojo was a man who thought he was a loner(ジョジョは自分は一匹狼と思っていた男)
 But he knew it couldn't last(でも長くは続かないと知っていた)

 Jojo left his home in Tucson, Arizona (ジョジョアリゾナのツーソンの家を出た)

 For some California grass(カリフォルニアの大麻を求めて)

 Sweet Loretta Martin thought she was a woman(かわいいロレッタ・マーティンは女だと思っていた)
 But she was another man(でも彼女もまた男だった)

 “Get Back”は、ジョンに対して元に戻れとジョンとヨーコのことを触れているという説もあるらしい。ジョン・レノンは、1980年の雑誌プレイボーイのインタビューで”get back to where you once belonged”(「元に戻れ」)には、オノ・ヨーコをよく思っていないポール・マッカートニーの気持ちが込められていると言っている。

 Jo-joは、ポールの当時の妻リンダの元夫だとか、ジョンだとか、いろいろと解釈されているが、ポールによれば、Jo-Joは半分男性で半分女性の架空の人物だという。

 1969年1月30日、警察官がアンプのプラグを抜く前に”Get Back”は、3回のテイクを記録したと言われている。

 治安を乱しているという理由からライブを中止させようとする警官に対して、ポールは、おそらく面白がって、からかいの意味を込めて、アドリブで次のように歌う。

"You been out too long, Loretta! You've been playing on the roofs again! That's no good! You know your mommy doesn't like that! Oh, she's getting angry... she'll have you arrested! Get back!" (「ロレッタ、こんなに外に長くいて。お前はまた屋根で遊んでいたのかい。だめじゃないか。お前の母さんが嫌がってるのを知っているんだろ。母さんは怒っているよ。母さんはお前を逮捕させるよ。戻りなさい」)

 “Get Back”のテイクで、ジョン・レノンの"I'd like to say thank you on behalf of the group and ourselves, and I hope we've passed the audition."(「グループと私たち自身を代表してお礼を言いたいと思います。そして、オーディションを合格したと思うんですけど」)というMCもこの屋上ライブコンサートから採られている。

 

 “Don’t Let Me Down”は、オノ・ヨーコに捧げた唄。

 非文法の do, done の使い方。ジョンの歌い方(発音)にも注目したい。屋上コンサートでは、ライブを中断させようとする警察官に対して、”Don’t Let Me Down”(俺をがっかりさせないで)、”Get Back”(帰れ)とポールとジョンが歌っているので、また文脈の違う意味合いが出て面白かった。

 

 “One After 909”は、ジョン・レノンが1959年に書いた唄で、ジョンの初期の曲目のうちのひとつ。

 "One After 909" is about a lady who tells her boyfriend she is leaving on the train that leaves after train number 909. He begs her not to go, but she does anyway. He packs his bags and rushes after her and discovers that she is not on "the one after 909," so he goes home depressed and goes into the wrong house. ("One After 909"は、909号のあとの列車で出発しますとボーイフレンドに伝える女性の唄。彼は行かないでと彼女に懇願するが、彼女は出て行ってしまう。彼は荷物をまとめて彼女の後を追うが、909号のあとの列車に乗っていないことを知る。彼は失意のまま家に帰るが、家を間違えてしまう)*1

 

 “Dig a Pony”は、“I Am the Walrus”(「俺はセイウチ」)同様に、ジョン・レノンのノンセンスソング。

 

 “I’ve Got a Feeling”は、ポールの"I've Got a Feeling" とジョンの"Everybody Had a Hard Year"を組み合わせた唄。

 

 よく知られた伝説の"The Rooftop Concert"を劇場で観ることができ、ビートルズに出合うことができて良かった。

 

www.youtube.com

 

 レヴューはたくさんあるが、以下はそのひとつ。

culturemixonline.com

ツイッターを始めました

 本ブログを開始したのはアロテアロア・ニュージーランドの研修以来だから、かなり前のことになる。

 引き続き今後も本ブログを続けていくつもりだが、この2カ月間ほど、記事をアップしてこなかった。それは、ツイッターの使用を試していたことによる。

 以下のアカウントで実験的に2021年11月からTwitterを始めた。

 amamu@amamu_diary

 その実験の結果、

 短く発言したい場合は、こちらamamu@amamu_diaryのツイッターアカウントでつぶやくことにして、長く発言したい場合は、本ブログを引き続き活用することとしたい。

 ついてはツイッターアカウントの開設とともに、ブログとツイッターで書く内容をそれぞれ書き分けていきたい。

 たとえば私的なスキーについても本ブログでこれまで触れてきたが、今後本ブログでは紹介しないなどだ。

 きちんと整理もできないだろうけれど、試行錯誤で少しずつやっていきたい。

"David Byrne's American Utopia" (DVD) が届いた

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David Byrne's American Utopia

 アメリカ合州国の過酷な現実の中で、「変革の可能性」を探る鬼才デビッド・バーンの傑作アート。

 同じように時代閉塞状況の日本にあって、民主的人格を体現するデビット・バーンに元気づけられる。

 まさに時間を忘れさせてくれる105分間の「ユートピア」(井上ひさし)。

 もっと自由に!

 これでいいのだ(赤塚不二夫)。

 

 「アメリカンユートピア」のショーはニューヨークのブロードウェイに戻って来ているが、ここ数日デビッド・バーンが病気のためキャンセルになったと聞いた。早い復帰を願っている。