アメリカ合州国の禁書圧力・言論圧力

 アメリカ合州国の、とりわけ保守的風土においては、禁書*1運動は伝統的にめずらしいものではない*2*3が、近年、「保守層が人種差別やLGBTQ(性的少数者)について教えることに反対」し、「人種差別や性的少数者に関する教育に反対する動きが一部の保守派の間で強まってい」て、「禁書を促す組織や団体が各地の教育委員会に訴えたり教員や図書委員を刑事告訴したりして本の規制を求めてい」た。 

 たとえば、以下の日経新聞の記事は、昨年4月と9月のもの。

www.nikkei.com

www.nikkei.com

 また以下は、朝日のGlobeの記事で、昨年10月のもの。

globe.asahi.com

 アメリカ合州国では、こうした禁書の動きが最近ますます強まっているという。

 ペン・アメリカの今年の4月20日のプレスリリースによると、アメリカ合州国では、近年、禁書が、3割弱(28%)増加したという。州の法令によって公立学校の子どもたちの本の接触に制約がかけられているかたちだ。

 以下、ペン・アメリカより。

pen.org

 公立学校における禁書について、ペン・アメリカは、2021年7月より調査を始めたが、2022年12月までに、4000例以上の禁書を記録している。保護者や関心の高い市民によって始められた禁書とは対照的に今年度は州法による禁書が1/3にものぼっている。州法による禁書が強化された州としては、フロリダ州ユタ州ミズーリ―州があげられる。図書館を罰則で脅し、萎縮効果(chilling effect)に拍車をかけている。

 「言論活動に冷や水を浴びせ怖じ気ずかせるこうした熱心な動きは、いまアメリカ合州国全土にわたって進行している「教育への威嚇」(エド・スケア)の一部---すなわち、その最終目的が公教育における言論の自由を抑圧するところの、不安や怒りを扇動するキャンペーンである。禁書がエスカレートしていく中で、また人種やジェンダーアメリカ史・LGBTQプラスというアイデンティティ等をテーマとする教育実践に制限をかける法律の制定努力の急拡大とあいまって、生徒たちにとっては、読む自由・学ぶ自由・考える自由が、知らぬ間に根こそぎ害され続けている」(These efforts to chill speech are part of the ongoing nationwide “Ed Scare” – a campaign to foment anxiety and anger with the ultimate goal of suppressing free expression in public education. As book bans escalate, coupled with the proliferation of legislative efforts to restrict teaching about topics such as race, gender, American history, and LGBTQ+ identities, the freedom to read, learn, and think continues to be undermined for students.)

 以下は、その特徴のいくつかである。

 ・テキサス州フロリダ州が引き続き禁書運動の先頭に立っている

 ・今年度禁書とされた1477冊もの本の中で、26%は、LGBTQプラスをテーマにしたもの、あるいはその登場人物を含んだもので、30%は、人種・人種差別・登場人物で有色人種を含んだものだった*4

 ・今年度新たに際立った特徴は、教室や図書室をまるごと一時的にあるいは長期に恒久的に使えなくする、一度にまとめて大量に禁止をするという「まるごと禁止」(wholesale bans)で、新州法に圧力を感じた教師や司書が全没収に恐怖したのは当然のこと。これらの数の調査は困難で、ペン・アメリカ調査の禁書数には入れていない

 以下も、ペン・アメリカより。

 2023-2024年の学年上半期で公立学校の禁書数の多かった州を色分けしている。

from PEN America

 禁書にした本を図書館の書棚に戻しなさいという連邦裁判官の判断も出されたが、テキサス州のリャノ郡(Llano County, Texas)では、LGBTQや人種問題を扱った本を戻すくらいなら、逆に、州による図書館制度をやめて、図書館を廃止するという過激な反応(運動)になっているようだ。まさに「テキサス州フロリダ州が引き続き禁書運動の先頭に立っている」わけだ。

 ひるがえって、この日本でも、「はだしのゲン」「第五福竜丸」が平和教材から排除されたことは記憶にあたらしい。これを教育破壊といってさしつかえないと思われるが、アメリカ合州国の禁書圧力・言論圧力も教育破壊といってさしつかえないだろう。LGBTQにたいする日本の自公政権による政治的扱いも非寛容・非国際的であり、これらは日米共通の政権の流れである印象がぬぐえないが、いずれにせよ、言論の自由・出版の自由、教育・人権・民主主義に深くかかわる重要な問題であることは間違いない。

news.yahoo.co.jp

*1:禁書については、たとえば、「禁書」の真実をどれだけ知っていますか この蘊蓄100章は人に話したくなる | 蘊蓄の箪笥 100章 | 東洋経済オンラインを参照のこと。

*2:たとえば発禁処分になった名作10冊とその理由──米国「禁書週間」にあわせて公開 - KAI-YOU.netを参照のこと。

*3:古典的には進化論裁判のダーウィンの「進化論」。ジョン=スタインベックの「怒りの葡萄」やマーク=トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」も発禁処分になった歴史がある。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」、ジョージ・オーウェルの「1984年」・「動物農場」も物議をかもした書物で、こうしてみると禁書になったものは、むしろ逆に文学的・社会的に意義の高い作品、ときに進歩的作品といってもよいものであることがわかる。映画「フィールドオブドリームズ」においても主人公のパートナーが禁書に反対論陣を張るPTA討論会の一場面があった。アニーが60年代が戻って来たようだと興奮する印象深い一場面だった。Remember Annie’s anti-book-banning speech in Field of Dreams? ‹ Literary Hub (lithub.com) この場面を引用しながら論じている記事もあり、禁書処置が日常の現実問題であることが理解できる。Opinion: 'Field of Dreams' PTA scene is relevant in Iowa today (desmoinesregister.com) 

*4:今年度いままでに頻繁に禁止された本は次のもの。内容は未見だが、LGBTQプラスや人種問題が背景にあることは間違いないようだ。Gender Queer: A Memoir by Maia Kobabe (15 教育行政管区で禁止)。Flamer by Mike Curato (15 教育行政管区で禁止)。Tricks by Ellen Hopkins (13 教育行政管区で禁止)。The Handmaid’s Tale: The Graphic Novel by Margaret Atwood and Renee Nault (12 教育行政管区で禁止)。