英語を学ぶ際の観点として、学ぶ際の方法論として、スピードというものが大切であると感じてきた*1。
英語学習におけるスピードがいかに重要かという話をするときには、言語活動学習と言語学習の区別と連関の理解が前提となる*2
もうひとつ、自覚しておかないといけないことは、日本の言語環境が、第二言語(second language)としてではなくまさに外国語(foreign language)としての教育・外国語学習という環境であるということだ*3。
さて、そうした日本の言語環境・社会環境における外国語学習を考える場合、言語学習と言語活動学習とに分けて考えるとよいと考えている。
言語学習とは、文法学習や語彙学習が含まれる。背景的知識の学習を含めてもよい。これらを時間をかけて学ぶ、時間をかけて学べるという点が言語学習のポイントだ。
一方、言語活動学習には、聞く活動や話す活動が含まれる。言語活動学習においては、聞く活動・話す活動においては、時間をかける余裕はなく、瞬時に、対応が迫られるという点がまさに言語活動学習のポイントだ。
そして、母語と同じく、外国語学習においても、言語学習と言語活動学習とを区別しつつ、その両方をバランスよく統一して学ぶという課題がある。
ChatGPTやDeepLなど、いわゆる人工知能(AI)の登場によって、しっかり文法を学ぶ、作文能力を磨くべきという点を強調したいのだが、今回は、言語活動学習におけるスピードの重要性を指摘したい。
語順の違う日本語と英語とは統語論がまるで違うので、いわゆる直読直解はむずかしい。けれども、聞いたり、話したりという言語活動学習の場合、語順の違いを乗り越え克服し、直読直解や「理解のともなう音読」(自分の造語)ができるようにならなければ、言語活動学習の習得は困難をきわめ、外国語をマスターしたとは到底いえない。
これは個人的体験の話で恐縮だが、大学時代の授業でシェイクスピアのハムレット(Hamlet)を学んだことがある。言語活動を学ぶときの教材としては、(1)テキスト(2)音声(3)動画 があるとよいのだが、このときの学習環境としてはテキストだけだった。いまは、YouTubeもあるから、(2)も(3)も利用できる。
そこで、重要なものがスピードであり、スピードをはかる尺度としてのWPMである。WPMとは、1分間に流れる語数(words per minute)のことで、1分間に流れる語数が多ければスピードが速いということになるし、少なければ、遅いということになる。
たとえば、シェイクスピア(Shakespeare)の「ハムレット」に、"To be, or not to be---that is the question;"で始まる有名な独白がある。この冒頭のところだけだが、1分間にどれくらいの語数を俳優が話しているか、YouTubeをつかって10例ほど計ってみた*4。遅い順から並べてみると、冒頭の1分間で、58語(WPM)/ 60語(WPM)/ 73語(WPM)/ 74語(WPM)/ 75語(WPM)/ 77語(WPM)/ 84語(WPM)/ 94語(WPM)/ 109語(WPM)/ 111語(WPM)という結果で、今回計測した中では、俳優のリチャード・バートン(Richard Burton)のヴァージョンが最も早口だった。
つまり、ハムレットの独白も、1分間に60語から110語と、2倍速とはいえないまでも、かなりスピードが違うことがわかる。これは、もちろん、間(pause)によるもので、間を長くとれば、語数は当然少なくなる*5。重要なことは、演劇的発話というものが、機械的でないということだ。もちろん人間の発話でも同じことが言えるだろう。
講演や演説ではどうだろうか。
たとえば、進歩的歴史家として知られる故ハワード・ジン(Howard Zinn)氏の講演は、内容はもちろんのこと、ていねいで、スピードも遅く、わかりやすいので、講演を聞いてみたい知識人の一人であり、聞く機会があるのだが、ジン氏の講演は120語(WPM)くらいだ*6。
マーチン・ルーサー・キング牧師(MLK)の有名な公民権運動の演説"I Have A Dream"は、格調高い、朗々とした演劇的演出もあり、ゆっくりで、104語(WPM)くらいだった。語彙水準としては、庶民的ともいえるマルコムX(Malcolm X)の演説は150語(WPM)くらいだった。これらの数値は、雑駁なものに過ぎないが、発話としては、たいへんゆっくりな速度が、60WPM~110WPMくらいで、120WPMから150WPMくらいが、ゆっくりでわかりやすい普通の速度ということになるのだろうか。
読む活動においても、語順の違いを乗り越えて、「理解のともなう音読」や、音の本(audiobooks)を使えば、言語活動学習になる。
ということで、自分の持っているオーディオブック(audiobooks)の一部を以下調べてみた。
これも大雑把な話になるが、オーディオブックは、だいたい150WPM~180WPMのスピードで朗読していることがわかる。
・"1984" by George Orwell(約153WPM)
・"Harry Potter and the Philosopher’s Stone" by J.K. Rowling
chapter 1 'The Boy Who Lived' (約160WPM)
・"Travels with Charlie) by John Steinbeck (約165WPM)
・"The Catcher in the Rye" by J.D. Sallinger
Chapter 1 (約169WPM)
・"The House at Pooh Corner" by A.A. Milne
1.'In which a house is built at Pooh Corner for Eeyore'(約153WPM *7 / 176WPM*8 )
・"Catch 22" by Joseph Heller
1. The Texan(約177WPM)
もちろん、オーディオブックは朗読だから、ゆっくりとした朗読のスピードが150WPM~180WPMということになる。
当然、黙読は、これ以上のスピードとなるのだが、少し早口の人の発話はどれくらいのスピードなのか。
最近、大谷翔平投手の活躍からMLBを見る機会が増えているのだが、Bally Sports Westのリポーターであるエリカ・ウェストン氏(Erica Weston)が少し早口かなと感じている。あわてて書き足さないといけないのだが、WPMは客観的数字であるが、それをどう感じるかという主観的なとらえ方でいえば、母語話者と外国語学習者との間では、かなりの差があるというのが正確な実態だろう。つまり、外国人にとって「早口」に聞こえるだけで、母語話者にとっては、エリカ・ウェストン氏の話すスピードは、けっして「早口」とはいえず、快適なスピードなのだろうと推測する。
このエリカ・ウェストン氏のインタビュー*9を計ってみると、大雑把な話ではあるが、212WPMで、スピードとしては比較的早い部類に入るだろう。
発話としては早い部類に入るだろうが、これくらいのスピードから、ゆっくりとした黙読のスピードになっていくのだろう。つまり、黙読のスピード(WPM)は、もっと速くなっていく。
以上、述べてきたことをまとめてみる。
(1)外国語学習、とくに日本人が英語を学ぶときには、「語順の征服」ができていない時期が長く続く。「直読直解」も「理解のともなう音読」も難しく、日本の言語環境も言語活動を学ぶ環境としては難しいため、英語学習者の圧倒的多数は、「語順の征服」「直読直解」「理解のともなう音読」が不十分なままでとどまってしまうことが少なくない。この時期は、文法学習・語彙学習など、言語学習の基礎学習がおすすめの時期となる*10。
(2)言語活動学習としての教材としては、音声教材が不可欠。いまはYouTubeなど、音声素材は利用可能なものが増加してきている。YouTubeでなんちゃって語学留学もできる。(YouTubeで安全・安心・安価に「 なんちゃって語学留学」 ーそのオンライン英語学習時間割を空想してみたー - amamuの日記) 音声教材を学ぶ際にテキストが不可欠だ。不正確なところも多々あるが、YouTubeなどの書き起こし(transcription) も利用可能である。
(3)言語活動学習としては、スピードが重要で、大雑把な実証に過ぎないが、実際の言語活動を少し計測してみると、芝居がかって演出もされた演劇や講演としては、60~120WPM。ゆっくりでわかりやすい発話としての120WPM~150WPM。オーディオブックとしては、150WPM~180WPMくらい。早口となれば、210WPM~というところか。
(4)日本の外国語学習者は、上記(3)の実態を意識しながら、自分のリスニングのちから、リーディングのちからを育てていかなければならない。英語を学んでいく際に、「語順の征服」「直読直解」「理解のともなう音読」を達成しつつ、50WPMくらいから100WPM。100WPMから150WPM。150WPMから200WPMをめざすというように、スピードを意識してスピードを上げていく意識が大事になる。留学生は大量の読書量に悩まされるという。量をこなすにはスピードが必要になってくる。旅客機が空を飛ぶにはスピードが必要になる。滑走路から離陸するスピードが必要になってくるのと同じように、読書にもスピードが必要だ。
(5)スピードを上げていくためには、パワーとリズム感が不可欠である*11。パワーをつけるためには、言語学習として、文法学習や語彙学習はものすごく重要である。あれこれ乱読・乱聴することも必要だが、自分の学びたい素材を精読し、何度も習熟することが不可欠。今日やさしいBBC Learning English のようなものもあり、これらは145WPM、160WPMといったスピードだが、そうした技術論だけでなく、やはり自分が学びたい教材を自分で選んで学ぶことが重要である。
(6)アウトプットにかんしては、スピーキングとライティングがある。ライティングについては、言語学習と言語活動学習で養ったちからを土台にして時間的余裕をもって表現できるが、発話のほうは、相手とのやりとりをしながら、スピードが勝負となる言語活動学習となる。自分自身、スピーキングにはその環境がすくなく練習時間を一番かけていないため、苦手意識があり、自信をもって書きにくいところがあるのだけれど、練習方法としては、アウトプットの基礎練習としてのカラオケ(英語学習にカラオケ、おすすめです - amamuの日記 (hatenablog.com) )とシャドーイング (英語シャドーイングが楽しめるPCのセッティング ーヘッドフォンとイアフォン・マイクを使ってー - amamuの日記) がよいのではないかと考えている。
ということで今回カラオケについて、唄のWPMについても少し調べてみた。選んだサンプルが懐メロで申し訳ないが、そこに意味はない。計測の際には、長い間奏はカットしたが、短めの間奏はカットしていない。つまり、歌唱ではあるけれどそれなりに間のある発話というイメージだ。
まず、50WPM~60WPM前後の唄。これは、間がとられたメロディで、言葉(単語・語句)は、それほど詰め込まれてはいない印象があるため、外国語学習者にとっては、比較的取り組みやすいだろう。
Will You Still Love Me Tomorrow (Carole King) 1971 (38WPM)
Love Me Do (The Beatles) 1962 (53WPM)
Long As I Can See the Light (Creedence Clearwater Revival) 1970 (55 WPM)
Close To You (Carpenters) 1970 (58WPM)
You’ve Got A Friend (James Taylor) 1971 (60 WPM)
ポップスなどは、70WPM~100WPM。
Blowin’ in the Wind (Peter, Paul and Mary) 1964(71WPM)
Walk On By (Dionne Warwick) 1964(74WPM)
Your Song (Elton John )1971 (77WPM)
It’s Too Late (Carole King) 1971 (92 WPM)
How Sweet It Is (To Be Loved By You) 1975 (James Taylor)(94WPM)
I Say a Little Prayer (Dionne Warwick) 1967 (96WPM)
さらにコトバが増えて、物語的な散文的なものになると、100WPMを越えてくる。外国語学習者にとっては活舌をよくしないといけない。初心者にとってはチャレンジだ。
Lemmon Tree( (Peter, Paul and Mary) 1962 (103WPM)
Alone Again (Naturally) (Gilbert O'Sullivan) 1971 (106 WPM)
そして、発話に近い、言葉の多い(wordy)唄もある。
Subterranean Homesick Blues (Bob Dylan) 1965 (164WPM)
ということで、50WPM~60WPM、70WPM~100WPM、100WPM~と、カラオケでもスピードを意識したい。文字が詰め込まれているラップなどでは、発話に近くなり、WPMも高い数字になるだろう。WPMを意識することは、英語学習にいろいろと役立つと思うが、どうだろうか。
*1:言語活動学習ではどんなものを自主的に用いて学んできたか - amamuの日記
*2:言語と言語活動については、学生時代に読んだ芝田進午「教育労働の理論」の「国際連帯と外国語教育の改革」(1975)という論文を基本的な視点として教えられた。その骨子をまとめれば、以下のような内容になる。
言語(ことば)はどこから生まれるのか。一般にいえば、言葉は、言語活動から言葉・単語・語句(words&phrases)が生まれる。そして単語・語句はひとたび形成されると、それが言語活動の材料となり、言語活動と単語・語句とは相互媒介的に発展していく。そして、形成されたすべての言葉と言語活動の規則(文法)の全体系が、言語(language)ということになる。一般に、言語の全体系(文法)を学ぶところは、学校などの施設においてだろう。
一方、言語活動は、一人ひとりの言語活動など、個体発生的であり、母語でいえば、一般に、豊かな言語環境のなかで、まさに言語共同体における言語活動として、生活の中で自然発生的に習得するのであり、思考活動・認識活動とともに、言語活動は習得されることになる。したがって、母語における言語活動はどこで展開されるのかといえば、学校というより、家庭であり社会である。
言語(language)は、系統発生的であり、歴史的・社会的法則にもとづいて変化・発展する。したがって、言語(language)は、特定の思考活動と直接に結びついているわけではない。
*3:日本での外国語の言語活動の習得は難しいと思うのは、目的・動機づけがあいまいであること。さらには、個人の言語活動を形成・発展させる言語環境や言語共同体自体が存在しないからである。
*4:To be or not to be - By nine Hamlets - YouTubeなどを使った。
*5:この点でいえば、初級者用の言語活動学習の教材として、連想ゲームなどのクイズ番組はわかりやすい。間がたっぷり取ってあって、発話も語数が少ないからだ。教材としてのアメリカ合州国のクイズ番組 - amamuの日記
*6:たとえば、"Three Holy Wars"という講演の冒頭のみを計ってみた。
*7:Peter DennisのWinnie-the Pooh, The House At Pooh Corner, When We Were Very Young, Now We Are Sixの朗読CD - amamuの日記で紹介したPeter Dennis 版
*8:カセットテープのThe House At Pooh CornerもiPodに入れてみよう - amamuの日記で紹介したLionel Jeffries版
*9:エリカ・ウェストン氏がセントルイスカージナルスを担当した4年間を終える際のインタビューで、次の職歴はこの時点では不明ということだったが、結局、Bally Sports Westのリポーターとしてエンゼルスを担当することになった。インタビューアーはチャーリーさん。
*10:この意味では、中学・高校(とりわけ中学)段階においては、母語話者の自然なスピードでの学習がむずかしいのは当然のことで、そのため、たとえば若林俊輔氏は、「これからの英語教師」の第17章で「アンナチュラル・スピードのすすめ」を説いている。若林氏によれば、ナチュラル・スピードのおしつけは、「ナチュラル・スピード信仰」「ネーティブスピーカー信仰」ということになる。「中学生(高校生も同じ)は、英語の勉強でおぼえなければならないことが山のようにあるのである。単語も文法も発音も、それぞれに山のようにある。英語の文化的背景も知らなければならない。だから、将来大して役に立ちそうもないことは、当面、学習の目標からはずしておいたほうがいい。草書体しかり。発音記号しかり。そしてナチュラル・スピードしかり、である」(p.70)。学校教育に根差した若林氏の卓見に賛成だが、学校教育を土台にして、その先にある英語学習の見通し路線を考えるときには、「ナチュラル・スピード」やWPMを考えることは必要になってくることも確かなことだ。本記事は、高校生以上を想定して書いているが、高校段階においては、「ナチュラル・スピード」やWPMを生徒に考えさせることは重要な課題とも考えている。