外国語を学ぶ際に、リスニングとリーディングがインプットであるとすれば、スピーキングとライティングはアウトプットといえる。
歴史的に、日本の言語環境では、インプットとしての英語リーディングが大切であった。歴史的に、英学にとっては英語リスニングも重要であった。それは今日的にも、英語メディアが拡大してくるにつれて、英語リーディングと同様、重要になってきている。とくに最近の国内メディアの偏りを正すには海外英語メディアにアクセスできる英語リスニング力はこれからの市民として必要な力になっている。
日本文化発信として英語ライティングは重要であった。今日なお学問研究者にとっては英語ライティングが重要であるが、研究論文発表数などを考えるならば、アジアの中でも英語ライティングには課題がありそうだ。SNSの登場など、インターネットの時代にあって、英語ライティングの必要性が広がっているが、こちらも同じく課題がありそうだ。ツイッターなどSNSでの日本からの英語自己表現は極端に少ないという。
英作文より英借文といわれるように、インターネット時代に、電子化された大きなデータが検索できる状況にあってはコーパス言語学的な検索能力が重要になってくるだろう。
さて日本人で英語スピーキングが優先課題なのか、はたして最大課題なのかというと、日本の言語環境から、英語スピーキングが必要ないと考える者と、訛りがあっても何とかコミュニケーションがとれる程度に英語スピーキングが必要と考える者と、母語話者なみの英語スピーキング力が必要で望む者と、おそらく三つくらいに分かれるだろう。これは、学ぶのであれば英語よりは他の外国語を学びたいという者を含んでの話である。全日本人にどれくらいの英語スピーキング力をつけるべきかという教育課題は現実的な課題として考えないといけない。
少なくとも、母語を大切にする母語主義という言語権が守られなければならない。主体性や自尊心が傷つけられてはならない*1。
繰り返すが、国民教育としての英語教育において英語スピーキングの力をどの程度育てるべきか。以上のことから、日本の英語教育の体系を考える必要があると思うが、その構想は明確になっているとはいえない*2。
一方、母語話者なみの英語スピーキング力をつけたいと思う者への教育環境はどうか。
たとえば、自分の大学時代の狭い経験から考えてみても、自分は「文学部英文科」ではあったが、L.L.(Language Laboratory)というのがあってこれが必修になっていたけれど、その内容は、おそらく戦後のMichigan Methodの流れで導入されたものだと思うが、すでに時代遅れのものだった。そもそも「文学部英文科」の学生は、英文学の学習を望んでいるのか、母語話者なみの英語スピーキング力を望んでいるのか、それともどちらもなのか、明確になっていない問題があるが、総合的な英語力として英語スピーキング力を望まない英文科の学生というのもいないと思われる。問題は、限られた時間の中で、いかにバランスをとってカリキュラム化するかということだ。
スキーをやるには雪山という環境が必要。雪山という環境なしにスキーがうまくなることはありえない。日本の言語環境は、英語は必要ないから、アウトプットは必要ない。したがって、英語のアウトプットがうまくなることはない。明治・大正・昭和の英語学習者がリーディングを重視したのも当然と思う。
さて、それでも今日、日本でスピーキングを鍛えたいと思えばどうしたらよいのか。
アウトプットの練習のためにはシャドーイングがよいとは感じていたが、それではその実践となると、シャドーイングすべき素材が少なく、シャドーイングに意欲がもてなかった。環境のせいばかりにはできないのだが、それでも環境整備が弱い状況が、ヴァーチャルの世界に限っての話ではあるのだが、インターネット環境が出現し、その分、日本の言語環境も変わってきていて、YouTubeなど、シャドーイングしたい素材が環境として安価に楽に手に入るようになった。これは大きな変化といえる。
さてシャドーイングする素材をインターネットで探して、PCを介さずとも、シャドーイングすればよいのだが、PCを介したほうが集中できるという話があり、シャドーイングを楽しむPCのセッティングはどうしたものかと考えていたときに、シャドーイングを活用して日本語をマスターしたmatt vs japanをたまたま見て驚いた。マットさんの日本語がすばらしかったからだ。やはりシャドーイングかと、たいへん参考になった。
Matt vs Japan's Ideal Shadowing Setup - How to Shadow - Bing video
この動画によれば、シャドーイングのセットアップで必要なものは、以下の備品が必要になるという。
(1) normal audio headphone (ミニプラグのイアフォン)
(2) Blue Yeti microphone (ミニプラグ出力つきのUSBマイクロフォン)
(3) noise canceling headphone (ノイズキャンセリングヘッドフォン)
もちろん、PCと、録音用ソフトとして、OBS Studioなどのソフトが必要だが…。
(1)のイアフォンは、よくあるタイプのミニプラグのイアフォンで何でも構わない。ノイズキャンセリングヘッドフォンも何でもよいのだが、マットさんはBoseのものを使っているようだ。結果的に私も同じものを選んだ(ワイヤレスヘッドフォンのBose QuietComfort 35 II を購入した - amamuの日記 (hatenablog.com))。マットさんが言っているように、ノイズキャンセリングヘッドフォンなら何でもよいのだが、重要なポイントは、長時間使っても疲れないということだろう。
マットさんも言っているように、ノイズキャンセリングヘッドフォンもUSBマイクロフォン*3も安いものではない。それでも、使い続ければ、元が取れると思う。とにかく長時間使っても疲れないということがヘッドフォンを選ぶポイントになる。
さて以上の備品がそろったら…。
(1)ノイズキャンセリングヘッドフォンをbluetoothで無線でPCにつないで、PCのサウンドをノイズキャンセリングヘッドフォンで聞けるようにする
(2)ミニプラグ出力つきのUSBマイクロフォンをPCに差し込んでつないでマイクを使えるようにする
(3)USBマイクロフォンのミニプラグにイアフォンをつないで、イアフォンの左右のイアピースのいずれかを、すでに耳を覆っているノイズキャンセリングヘッドフォンの中の左右のいずれかの耳に入れる
以上で、以下のふたつの音声を同時に聞くことができる環境ができる。PCの音量も、マイクの音量も、上記の機種であれば、それぞれいずれも調整可能な環境だ。
(1)ノイズキャンセリングヘッドフォンでPCのモデル音声を聞く(モデル音声)
(2)イアフォンを入れた片方の耳で自分の声を聞く(自分の音声)
なぜこうしたセットアップを採用するのかといえば、マットさん流の説明では、自分の音声を「主観的に」でなく「客観的に」聞くことができる環境をつくることができ、さらに、モデル音声と自分の音声にタイムラグが起こらない環境をつくることができるからだ。
以上のセットアップが整えば、モデル音声と自分の音声を左右の違うトラックで同時録音できれば、復習も可能となる。YouTuberのマットさんは録音機器にOBS Studioを使っているが、OBS Studioについては勉強中なので割愛せざるをえない。とりあえず以上でPCを使ってのシャドーイング環境のセットアップが可能となる。
英語スピーキング練習上、以上のシャドーイングが楽しめる環境の利点は…
(1)PCであるためYouTubeなどInternet上のソースが厖大に使えるようになること
(2)アウトプットに集中できる環境が得られること
(3)モニターの重要性がわかり、スピーキングの重要性がわかること
本格的なカラオケとはいえないけれど、PCに好きな洋楽を取り込んでいれば、カラオケ的に歌って楽しむこともできる。
では何をモデル音声に使うか、インターネット上のソースで、一例を考えてみたい。
たとえば、高校生には、例えば、会話のフレーズを教えてくれるリスニング | アメリカ人が子供の時に覚える英語116フレーズ【185】 - YouTubeなどは、シャドーイングの素材になりうるだろう。また例えば、YouTube上のリーディング教材を見聞きしながら、シャドーイングすることもできるだろう。音声だけでなくサブタイトルのテキストがついていればさらにわかりやすい。慣れてくれば、サブタイトルを見ずに、眼をつぶってモデル音声だけ聞いてシャドーイングするというのもよいだろう。もちろんCDなどからPCに取り込んだ教科書準拠の音声教材をつかってシャドーイングすれば、教科書のレッスンを身体化して学ぶことができる。学校の試験対策も完璧だ。
また英語教師におすすめなのは、たとえば、リーディングなら、ルークさんのゆったりしたスピードの音読でサブタイトルもついているYouTube 724. The Mountain (Short Story for learners of English) - Bing video - Bing videoのシャドーイングはどうだろう。またTESOLのオンライン英語教師(online English teachers)の授業(たとえばフォネティックスの授業でBASIC Phonetics | Understanding The International Phonetic Alphabet - YouTube)を使って発音の練習をする。あるいは、TESOLのオンライン英語教師(online English teachers)の授業(例えば、よくある「余暇の過ごし方」のような30 Phrases to Talk about your Free Time in English - YouTubeや🤔PRESENT PERFECT or PAST SIMPLE? Learn The Difference and Avoid This Mistake! - Bing videoをモデル音声にして、(速いものであれば部分的であっても)シャドーイングすれば、英語文法学習のポイントも復習できるし、自分の音声や発音の矯正にもなって、一挙両得という使い方もできるだろう。また、たとえば Level Up Your Vocabulary: Advanced English Lesson - Bing videoをシャドーイングするなら、熟語の言い回しも学べる。
スピーキング環境に恵まれない日本の言語環境では、シャドーイングはかなり役立つ練習方法である。
シャドーイングが効果的なことは明らかで、あとはどれほど時間と労力をかけるかということと、そこまでやる必要が一人ひとりにあるのかという、必要性や動機の問題になる。
以上、英語学習について述べたが、他の外国語学習においても同じことが言えるだろう。
*1:たとえば、中村敬氏は、その著書「なぜ、「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論」の中で、「未知の外国語を習得するためにはモデルを必要とする。それは避けては通れない。その外国語をものにしようとすればそのモデルに限りなく近付く努力を強いられる。モデルに限りなく近付く努力をした結果、モデルにとり込まれればその瞬間からその人はその言語の二級の市民になる。妙に”英語風”を吹かす国籍不明の人種がこれに当たる。
一方、とり込まれる一歩手前まで行きながらその言語を見事に駆使しつつ自己の本体と自律性を保持している。夏目漱石や内村鑑三など明治の日本には少数ながらそのような人物がいた。
もちろん、後者のありようが望ましいが、そのようになれるのはごくわずかの稀なる人である。大部分の人は、そうなれず、モデルに近付くこともできない。中途半端で、ただ学習している言語とその背後にある文化への憧れだけを抱いている。しかもこの憧れは、状況次第では「英語嫌い」のようにまった逆の態度に転化する。」と喝破されている(同書 p.107-108)。まことに至言である。
*2:現在は、母語主義というそれぞれの言語権が尊重され、下手な外国語をしゃべることも寛容的に容認されなければならない。たとえば英語で英語母語話者と英語学習者が集まって会合をもつ場合、英語学習者への尊敬と配慮が払われるべきだし、途中途中で、確認のためのまとめを挟むなど、配慮ある進行が求められる。これからの時代は自動翻訳機の時代でもあるから、学校ではますます人文的な人間教育としてのコトバの教育が必要になってくると思う。またコトバの技術が不十分にとどまり、母語話者のレベルまでいかなくとも、コミュニケーション力全体の技術・力量を磨くことも大切だ。また、学校卒業後、あらためて動機をもって学ぼうとする場合に自主的に意欲的に取り組める方法論(見通し)を学校教育で与えておくことも重要だろう。別の視点でいえば、今日日本語が母語でない外国人労働者との交流は日常化してきている。何語でもよいのだが、片言の外国語を話す経験と苦労は、その意味で、教育的ともいえるだろう。