暮らしとしての言語環境が違う

San Francisco Bay

 学校が始まって2週間が過ぎた。
 Communication skillのジュディ(仮名)という飛んでいる女性教師の友人フレッド(仮名)のパーティがあると、クラスメート全員が招待された。
 フレディ青年は、アルバイト的な先生で調子がいい。
 正式に結婚しているのか疑問だが、何でもフレディが「離婚」するそうで、彼女が家具を持っていってしまうので、Farewell to the Furniture Partyという、人を喰ったパーティだ。自分の飲み物は自分で持参するというBYOB(Bring Your Own Booze)パーティ。
 フレディは少しcrazyでついていけないし、ジュディはかなり飛んでいる典型的アメリカ人という風で、旦那さんとは別居しているが、旦那は物書きであるらしい。
 Communication skillの授業では、たとえばカリフォルニア史のようなレクチャー後、講義内容をまとめて話し、コメントをつけるような授業で、とにかく喋らないとダメ。私はどうかといえば、赤子同然。はっきりいって落ちこぼれている。
 私は英語の知識はあるけれど喋ることができないからサンフランシスコまではるばる来たのに、私が所属しているこのセクション6にいるクラスメートは英語をよく喋る。クラスメートの中には、そもそも旦那がアメリカ人だとか、アメリカ人女性と同棲中だとか、暮らしとしての言語環境のレベルが私とは環境が違い過ぎる。日本人の私のように、英語を観賞用として考えてきた人たちとは訳が違う。
 外国人に漢字など日本語を見せると、なんと英語とかけ離れている言語かとみんな驚く。
 語彙にしても内容にしても、私は弾丸(ammunition)がないので、常にフラストレーションを感じている。たまに、なんでこんなことをしなければならないのかと思うほど、悔しい思いをすることもある。自分の力の無さを認めたくないのですね。逃げるか、自分を変革するか、いずれしかない。それで、パーティには行くことにした。