イラクで非常事態宣言

 イラクで非常事態宣言が出されたと、毎日新聞が報じている。
 この宣言は、近く米軍が大規模な軍事作戦に踏み切ることと関連しているとの見方が強い。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041107-00000078-mai-int

 イラク情勢について、いくつかの新聞報道をみてみることにしよう。
「憎むべきは『無差別テロ』と『大義なき戦争』だ。国際社会は両方の“戦後処理”に苦しんでいる。イラクの混乱を見るとき、テロにも『大義なき戦争』にも与せず、いかに国際社会が協調し、世界秩序を再構築していくかが問われていると思う」と主張する「比国部隊撤退・国際協調がより重要だ」と題する7月22日の琉球新報の社説。
http://www.ryukyushimpo.co.jp/shasetu/sha28/s040722.html#shasetu_2
「誤認情報で開戦する。独立国家の政権を転覆させる。結果として罪のないイラク人多数を殺傷、米国兵も千人以上が死亡、多数が負傷した」と主張する東奥日報の9月23日の「イラク戦争とは何だったのか」と題する社説。
http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2004/sha20040923.html
大量破壊兵器の存在を大義として開始されたイラク攻撃。
その肝心の大量破壊兵器がなかったと報告書が正式に発表。「旧フセイン政権下の核、化学、生物兵器の実態を検証。一九九一年の湾岸戦争以降は、これらの兵器が生産された証拠はないと公式に認定した。裏を返せば、国連による制裁や監視が一定の成果を挙げていたことを示している」と、10月10日の中国新聞の「大量破壊兵器 首相は逃げず答えよ」と題する社説。小泉首相の判断の誤りに対し、説明を求めている。
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh04101002.html
 日本人人質に対する残虐な殺害事件を報じる沖縄タイムス社の「対米協力でテロ防げぬ」と題する11月1日の社説。
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20041101.html#no_1

ルール違反を犯しても反省しない日本の首相と政府連立与党。
 そして、そうした首相と政府に対する追求も徹底しえない日本の野党。こうして大義なきイラク侵略戦争を支持し続けられる日本政府。アメリカ大統領選でも、ブッシュ大統領が再選されたらしいが、選挙前からブッシュ候補にエールを送ったと報じられた小泉首相の基本姿勢。
 こうした政府のもとで、かつてなく日本国民の命が軽くなっていると思うのは、私だけだろうか。
 「フィリピンのアロヨ大統領は、武装集団に拉致された自国民アンヘロ・デラクルスさん(四六)を救うため、イラク駐留フィリピン部隊を十九日までに完全撤退させた」(「琉球新報」社説7月22日)と聞く。
 もちろん文脈が違うから簡単な比較はできないけれど、これまでの日本の首相にしても、「一九七七年、日本赤軍日航機をハイジャックしたダッカ事件で、当時の福田赳夫首相は『人命は地球より重い』と言った。政府は、「超法規的措置」で乗客と引き換えに身代金を払い、犯人の要求に従い赤軍派幹部を釈放したのだ。
 九六年、ペルーの日本大使公邸に武装グループが押し入った人質事件でも、解決まで四カ月余りの時間を要した。最終的にペルー側が強行突入を決定したが、橋本龍太郎首相ら日本政府は、一貫して平和的解決を主張し、粘り強く交渉にあたった」(「沖縄タイムス社」社説11月1日)のではなかったか。
 基本的人権の中でも中心をしめる最も重要な権利が、生きる権利、生存権に他ならない。
 労働権も教育権も、全ての市民権も、この生きる権利が保障されなくては、全てが無意味だ。
 政府というものは、こうした基本的人権を保障するために組織されていたのではなかったのか。
 それにしても、国民の反対世論が聞こえてこないのは、どういうことなのだろうか。
 マスコミが報じないからなのか。それとも実際に国民の反対の声があがっていないからなのか。反対の声をあげても、しょせん聞く耳をもたない政府に対して、ただただしらけているのか。
 いずれにせよ、沈黙は容認を意味するほかない。
 アメリカ合州国やイギリスに同調せず各国がイラクから手を引いている情勢の中で、日本が、無批判的に英米と同調しているのはとても危険であるように思えてならない。
 日本は何故イラクに駐留し続けるのか、まさにこれは国民一人ひとりに問われている問題だ。
 一方的に侵略攻撃を受けた混乱のイラクでこれ以上の無意味な死傷者を出さないために、そして何よりもわれわれ日本人自身の生きる権利を保障するためにこそ、そうした政府を支持し続けるわれわれ国民の民度が問われているし、われわれ国民の責任も、かつてなく重くなっていると言わざるをえないだろう。