全国一斉におこなわれた学力テストの結果が発表された。
今回の学力テストはさまざまな問題が指摘されている。
これまでもこのブログで指摘してきたことだが、とくに心配されるのは、教育の現場をゆがめるのではないかという点だ。それは、現場の教師が作成する問題と採点評価ではなく、ベネッセやNTTデータのような民間会社に丸投げしている点である。
全国的な視野が重要でないとは言わないけれど、教育とは、やはり現場でおこなわれている営みである。現場に役立つような、現場で生かされるような活動をしないといけない。評価をするなら、現場の人間が責任を負わないといけない。第三者が評価して、それが、現場に競争意識を持ち込むようなことがあってはならない
それから、評価とは、実は評価する人間が評価されるということだ。点数を一人歩きさないことが大切だ。
実際に足立区で起こったように、学力テストは教育活動をゆがめる方向に手を貸しているし、今後も手を貸すことになるだろう。
こうした学力テストに莫大な税金をかける必要はない。お金を使うなら、もっと教育条件の向上に役立つようにお金を使うべきだ。
以下は、asahi.comからの引用。
調査のあり方、再考を 目的多すぎ、分析も不足
2007年10月25日全国学力調査の結果が発表された。学年全員が対象の悉皆(しっかい)調査で77億円をかけた。「ゆとり教育」をめぐる学力低下論争でデータ不足が指摘されたのが、そもそもの発端だった。
しかし、新たにわかったことは少ない。都道府県や学校間に格差があることは裏付けられたが、その評価や分析は十分ではない。地域の経済状況など多様な要因を調査しきれていないためだ。結局、具体的な実態を知る各自治体の分析を待つことになった。
出題を基礎的な中身に限ったために大きな差が出ず、中間層が少なくなる学力の「二極化」の現象も見えにくくなった。
学級の少人数化や習熟度別指導など国の進める政策の効果も浮かび上がっていない。「同じ条件の学校を比べないと難しい」と文科省は言う。
こうした生煮えの結果となったのは、調査の目的を限定せず、国や自治体の施策の検証、学校の課題の把握、子どもの指導の改善とあれもこれも狙ったためではないか。その背景にあるのは、小泉内閣の構造改革で地方分権が叫ばれ、国の役割が問われるなか、文科省が、この調査に自身の存在意義を主張する役割を持たせたという事情だ。
政策の効果を見るなら抽出調査でよい。都道府県や市町村の施策の評価は、各自治体によるきめ細かな調査が適している。子どもへの指導なら、実施6カ月後に結果を渡されても生かし切れないだろう。
公表方法によっては学校の序列化を招きかねない悉皆方式を、巨額な予算で毎年重ねる必要がどこまであるのか。文科省は来年度も悉皆調査を続ける方針だが、調査自体のあり方について研究者や自治体、現場の教員を集めた検討が求められている。