「「アベノミクス賃金増の偽装では」野党が疑念 統計不正」

amamu2019-01-21

以下、朝日新聞デジタル版(2019年1月21日05時00分)から。

 昨年末に発覚した「毎月勤労統計」の不正調査問題は、雇用保険などの過少支給が延べ2千万人を超す事態に発展した。政府が2019年度予算案の異例の閣議決定し直しに追い込まれるなど、影響も広がる。15年も放置されてきた不正の経緯にはまだ分からない点が多いが、厚生労働省の組織的な関与や隠蔽(いんぺい)の疑いが徐々に濃くなりつつある。24日の閉会中審査で焦点となりそうだ。

 問題の発端は、厚労省が2004年1月から調査手法を勝手に変えたことだ。

 この統計は賃金の動向などを毎月調べて発表するもので、政府の「基幹統計」の一つ。実務は都道府県が担っている。従業員500人以上の事業所はすべて調べるルールで、調査手法を変更するには総務相の承認が必要だ。ところが東京都分の約1400事業所のうち、無断で約3分の1を抽出して調べ始めた。

 全数調査の対象の大規模な事業所は全国に5千以上あり、その約3割が東京に集中する。厚労省はきっかけを「調査中」とするが、関係者によると、ある厚労省の職員は「実務を担う東京都から抽出調査の要望があった」と話しているという。一方、小池百合子都知事は会見で「都から国に(調査方法を)変えてくださいといった文書などはない」と話した。

 03年に作成された調査のマニュアル「事務取扱要領」にはすでに、「規模500人以上事業所は東京に集中しており、全数調査にしなくても精度が確保できる」と、不正を容認する記述があった。周到に準備していた様子がうかがえる。

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 組織的な関与や不正の隠蔽を疑わせる不可解な動きが15年以降に相次いでいたことも、明らかになってきている。

 まず、不正を容認する記述が、15年調査の事務取扱要領から削られた。16年10月に厚労省総務省に提出した厚労相名の書類には、従業員500人以上の事業所については全数調査を継続すると記していた。明らかにうその説明だ。書類に個人名は記されていない。当時の厚労相自民党塩崎恭久衆院議員だったが、取材に対し「一切(報告は)上がってこなかった。(担当職員に申請の)権限を下ろしていた」とする。

 そして、18年1月分の調査から不正な東京都分のデータを、本来の全数調査に近づける「データ補正」をひそかに始めた。厚労省によると、毎月勤労統計の集計プログラム変更は当初、外部業者に発注していたが、18年1月分からのデータ補正を含めて近年は内部でしていたという。

 さらに、東京都と同じ不正な抽出調査を神奈川、愛知、大阪の3府県に広げる準備も進めていた。厚労省は18年6月に課長級職員の「政策統括官付参事官」名で通知し、「抽出調査を行う予定」と伝えたと説明するが、3府県は伝えられていないとしており、説明に矛盾も出ている。

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 1月分の調査から、賃金の前年同月比の伸び率がそれまでより高く出るようになり、一部のエコノミストから疑問の声が高まりだした。18年9月28日には基幹統計の調査手法を審議する総務省の統計委員会で、数字の不自然さの説明を求められた。

 厚労省は「499人以下の対象事業所を見直した影響だ」などと説明した。データ補正で比較的賃金の高い東京の大規模事業所の比重が増えたことも要因となっていたが、これには触れなかった。加えて「従業員数500人以上 全事業所が対象」と、実態とは違う記載をした資料も提出していた。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、賃金上昇を重視する。このため、野党からはデータ補正について「賃金が上がったように見せる偽装だったのではないか」(国民民主党山井和則衆院議員)との疑念も出ている。

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 厚労省は、問題を組織として認識したのは18年12月13日と説明。統計委員会の打ち合わせで、西村清彦委員長(元日本銀行副総裁)に東京での抽出調査と3府県への拡大を説明したところ、「大きな問題ではないか」と指摘されたことがきっかけだったとする。

 そして、検証結果では不正な調査について「一部の職員は認識していたが、組織全体では共有していない」とし、根本匠厚労相も今月11日の会見で「組織的隠蔽があったとの事実は現時点ではないと思っている」と強調している。

追加給付に「相当な期間」厚労省

 04〜17年に東京の大規模事業所の調査数が本来より大幅に少なかったことで、正しく調べた場合より低い賃金の結果がでていた。この影響で、毎月勤労統計をもとに給付水準が決まる雇用保険労災保険船員保険で本来より少なく給付されていた人が延べ約2015万人、雇用調整助成金など事業主向け助成金で延べ約30万件に上った。

 追加給付額は約564億円になる。厚労省は11日の検証結果で約567億円としていたが、その後の精査で約3億5千万円減ったとする。事務費約195億円などを含む必要経費の総額は、約795億円に上る。

 厚労省は相談電話を設けているが、一人一人の具体的な不足額はまだ不明で、追加給付の時期は分かっていない。特に延べ約1942万人の対象者がいる失業手当や育児休業給付、介護休業給付などの雇用保険では、大規模なシステム改修が必要で「相当な期間がかかる」(担当者)とする。

 厚労省の不正で生じる巨額の事務費だが、大半は労働者や事業主が負担する保険料を集めた特別会計から支出される。厚労省は「雇用保険労災保険には自営業や主婦、年金受給者などが入っておらず、一般会計での負担はなじまない」とする。だが、連合の神津里季生(こうづりきお)会長が18日の会見で「働く者が汗水垂らして働いて拠出する保険料で賄うのは全く理解できない」と指摘するなど、批判が出ている。

中間報告、国会召集前にも

 厚生労働省が統計不正の検証のために設置した特別監察委員会は、中間報告をまとめる方針を固めた。厚労省は28日の通常国会召集の前にも公表したいとしている。

 同委員会は関係部署の職員らへの聞き取りを進めている。22日に第2回会合を開く予定。全容解明には時間がかかるが、「問題の重要性を考えれば早急に対応する必要がある」として中間報告を出す。

 野党はこの問題の解明が進まなければ2019年度予算案の審議に応じない構えだ。