「世の中は分かりやすくない 「万引き家族」でカンヌ最高賞、是枝裕和監督インタビュー」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年6月25日05時00分)から。

 第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得した「万引き家族」。社会から見捨てられた人たちの生きざまを丁寧に描いたこの映画、内容への高評価とともに、SNSなどで展開される“場外戦”も話題を呼び、正式公開から2週間で178万人が見るというヒットになった。是枝裕和監督が“場外戦”も含めた現在の思いを語った。

 「万引き家族」は、21日現在で興行収入21億7千万円に達した。福山雅治というスターが主演し、是枝映画で最高の32億円を上げた2013年の「そして父になる」を上回るハイペースだ。

 「観客の年齢層が広いのがうれしいですね。10代から80代まで来てくれている。最近は、ターゲットを狭く設定した映画が多いから、こういう映画があるのは、いいことなんじゃないでしょうか」

 ■「祝意」辞退で話題

 パルムドールを受賞して以降、SNS上で「文化庁補助金を受け取っていながら、日本の恥部を描く反日映画を作った」と攻撃されたり、政府の「祝意」を受けることを是枝監督が「公権力とは距離を保つ」と断ったりした。そんなニュースをマスメディアが拡散することで、映画の知名度が大きく広がった。

 「炎上商法じゃないよ(笑)。僕がトロフィーを持って文部科学省に出向き、大臣と写真を撮ったりして“大人”の対応をしたとすると、それは日ごろ僕が言っていることとは真逆の行為だから」

 「芸術への助成を“国の施し”と考える風潮は映画に限ったことじゃない。大学の科研費もそうだし、生活保護世帯への攻撃も同じです。本来、国民の権利のはずですよね。今回、政府の補助金がどうあるべきかが可視化されたことが一つの成果だと思っています」

 東京・下町の片隅でひっそりと、しかし楽しく生きる家族の物語。父親と男の子がペアで万引きしたり、祖母の年金を不正受給したりして生活費の足しにしている。そのため、「犯罪者を擁護している」などと批判を浴びた。しかし、映画は、罪の意識が芽生えた時の男の子の哀(かな)しみをきちんと繊細に追っている。

 「そこが、この映画の軸なんだけどね。でも、それは見れば分かるから、話題になっているのはむしろいいことじゃないか。批判も含め、普段映画を見ない人たちの口の端に上っているということですからね」

 ■政府批判は真っ当

 「公権力とは潔く距離を保つ」との発言には、反発と同時に称賛も多く寄せられている。こうした話題を集めるのは、映画というものが大衆性を持っており、社会に大きな影響を与えうる芸術だからである。

 「補助金をもらって政府を批判するのは真っ当な態度なんだ、という欧州的な価値観を日本にも定着させたい。いま、僕みたいなことをしたら、たたかれることは分かっています。でも、振る舞いとして続けていかないと。公金を入れると公権力に従わねばならない、ということになったら、文化は死にますよ」

 「万引き家族」は犯罪者を擁護しているとは言えない。では反社会的な映画はどこまで許容されるのか。

 「歌舞伎にも悪人が活躍する話が山ほどありますよね。日本人はそれをずっと楽しんできた。むしろ犯罪者と自分は全然違うという感覚が広がっている現代社会は、とても危険だと思います」

 「東京・目黒で少女の虐待死がありました。あの両親は断罪されるでしょう。しかし例えば独りで子育てしている母親は『一歩間違えたら自分も……』と思う時があるんじゃないか。新幹線の殺傷事件もそう。セキュリティーチェックを強化せよという話というよりも、人々を極限まで追い込まないためのセーフティーネットを充実させることでしか、こうした犯罪は軽減出来ません」

 SNSが浸透した現代社会では、意見を同じくする人たちにしか響かない言葉ばかりが勢いよく飛び交っている。意見を異にする人たちに伝えるにはどうすればよいのだろう。

 「僕は意図的に長い文章を書いています。これは冗談で言っていたんだけど、ツイッターを140字以内ではなく、140字以上でないと送信出来なくすればいいんじゃないか(笑)。短い言葉で『クソ』とか発信しても、そこからは何も生まれない。文章を長くすれば、もう少し考えて書くんじゃないか。字数って大事なんですよ」

 是枝監督は以前から、現代のメディアが陥りがちな「分かりやすさ至上主義」に警鐘を鳴らしていた。彼の映画も、説明しすぎないことが特徴になっている。

 「だって、世の中って分かりやすくないよね。分かりやすく語ることが重要ではない。むしろ、一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ、ということを伝えていかねばならない。僕はそう思っています」

 (聞き手 編集委員・石飛徳樹)

「(ポップスみおつくし)「クソくらえトランプ」 萩原健太・音楽評論家」

 以下、朝日新聞デジタル版(2018年6月25日16時30分)から。

 ■米国の底力、抵抗と祈りにみた

 10日、ニューヨークで第72回トニー賞授賞式が催された。トニー賞ブロードウェーで上演されたミュージカルなどを対象とする米演劇界の祭典。そこで米ロック音楽界を代表する歌手、ブルース・スプリングスティーンが特別賞を受賞した。

 彼は昨年10月から1千席弱の小劇場で週に5日間、弾き語りによるショー「スプリングスティーン・オン・ブロードウェー」を上演中。当初8週間の期間限定でスタートしたが、コンサートとも、朗読とも、もちろんミュージカルとも違う斬新な弾き語りパフォーマンスが話題を呼び、今年の12月まで大幅に公演期間が延長された。その功績が評価されての特別賞だった。

     *

 式では演奏も披露された。紹介するのは俳優ロバート・デ・ニーロ。登壇するなり彼はこう切り出した。

 「まず最初にひとこと言わせてくれ。F**Kトランプ!」

 デ・ニーロは事あるごとにドナルド・トランプ米国大統領の言動を批判してきた反トランプ派の急先鋒(きゅうせんぽう)。今回も、公の場では不適切な表現とされるいわゆる「Fワード」を使い「クソくらえトランプ」とぶちかましたのだった。多くの舞台制作者や俳優たちで埋め尽くされた会場は一瞬息をのみ、しかし直後、熱いスタンディングオベーションで応えた。喝采は40秒続いた。

 10秒遅れで中継映像を流していた米CBS局は音声を全面カットして対処したものの、日本のWOWOWはそのまま生中継。オーストラリアでも音声は消されずに流れ、それらがネット上の動画投稿サイトを通して世界中に拡散した。

 「もはや打倒トランプとか、そんなことを言っている段階じゃない。F**Kトランプだ」

 デ・ニーロは改めて強調しガッツポーズを決めると、ようやく予定されていた紹介スピーチへ。

 「ブルース、君は他の誰よりも会場を揺るがす。この危険な時代に、君は自分の言葉で真実を歌い続けている。政府の透明性と統合性のために闘い続けている。それこそが今、われわれに必要なものだ」

     *

 舞台へと招き入れられたスプリングスティーンは、自らピアノを奏でながら静かに語り出した。

 「俺はニュージャージーの小さな町で神に囲まれて暮らしていた。神と多くの親戚と。人々はこの町で暮らし、踊り、ささやかに楽しみ、野球をし、痛みに耐え、心砕かれ、愛を交わし、子供を持ち、死に、春の夜に酔う。自分たちを、家を、家族を、町を破滅させる悪霊を寄せつけまいと最善を尽くす。心臓を止め、ズボンをずり下げ、人種暴動を蜂起させ、いかれた者を嫌い、魂を揺るがし、愛と恐怖を生み出し、胸を張り裂かせるこの町で……」

 長い語りを終えると、1980年代の名曲「マイ・ホームタウン」へ。

 「8歳だった俺を膝(ひざ)に乗せ、髪をなでながら、親父(おやじ)が言う。よく見ておけ、ここがお前の故郷だ、お前の故郷なんだ、と」

 感動的な歌声だった。ひどく直截(ちょくせつ)で感情的なデ・ニーロのスピーチにせよ、きわめて内省的で抑制の利いたスプリングスティーンの表現にせよ、そこには、今、自分たちが大切に育んできたはずの何かが大きく音を立てて崩れつつあることへの明確な抵抗と切実な祈りがあった。

 日本も含む世界中で全体主義的傾向が急速に強まり、様々な表現が窮屈になりつつあるように思えなくもない中、今なおこうした「個的」な表現が力強く放たれ、それらをきっちり受容する土壌が確かに機能し続ける米国の底力が頼もしかった。