「(ポップスみおつくし)「クソくらえトランプ」 萩原健太・音楽評論家」

 以下、朝日新聞デジタル版(2018年6月25日16時30分)から。

 ■米国の底力、抵抗と祈りにみた

 10日、ニューヨークで第72回トニー賞授賞式が催された。トニー賞ブロードウェーで上演されたミュージカルなどを対象とする米演劇界の祭典。そこで米ロック音楽界を代表する歌手、ブルース・スプリングスティーンが特別賞を受賞した。

 彼は昨年10月から1千席弱の小劇場で週に5日間、弾き語りによるショー「スプリングスティーン・オン・ブロードウェー」を上演中。当初8週間の期間限定でスタートしたが、コンサートとも、朗読とも、もちろんミュージカルとも違う斬新な弾き語りパフォーマンスが話題を呼び、今年の12月まで大幅に公演期間が延長された。その功績が評価されての特別賞だった。

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 式では演奏も披露された。紹介するのは俳優ロバート・デ・ニーロ。登壇するなり彼はこう切り出した。

 「まず最初にひとこと言わせてくれ。F**Kトランプ!」

 デ・ニーロは事あるごとにドナルド・トランプ米国大統領の言動を批判してきた反トランプ派の急先鋒(きゅうせんぽう)。今回も、公の場では不適切な表現とされるいわゆる「Fワード」を使い「クソくらえトランプ」とぶちかましたのだった。多くの舞台制作者や俳優たちで埋め尽くされた会場は一瞬息をのみ、しかし直後、熱いスタンディングオベーションで応えた。喝采は40秒続いた。

 10秒遅れで中継映像を流していた米CBS局は音声を全面カットして対処したものの、日本のWOWOWはそのまま生中継。オーストラリアでも音声は消されずに流れ、それらがネット上の動画投稿サイトを通して世界中に拡散した。

 「もはや打倒トランプとか、そんなことを言っている段階じゃない。F**Kトランプだ」

 デ・ニーロは改めて強調しガッツポーズを決めると、ようやく予定されていた紹介スピーチへ。

 「ブルース、君は他の誰よりも会場を揺るがす。この危険な時代に、君は自分の言葉で真実を歌い続けている。政府の透明性と統合性のために闘い続けている。それこそが今、われわれに必要なものだ」

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 舞台へと招き入れられたスプリングスティーンは、自らピアノを奏でながら静かに語り出した。

 「俺はニュージャージーの小さな町で神に囲まれて暮らしていた。神と多くの親戚と。人々はこの町で暮らし、踊り、ささやかに楽しみ、野球をし、痛みに耐え、心砕かれ、愛を交わし、子供を持ち、死に、春の夜に酔う。自分たちを、家を、家族を、町を破滅させる悪霊を寄せつけまいと最善を尽くす。心臓を止め、ズボンをずり下げ、人種暴動を蜂起させ、いかれた者を嫌い、魂を揺るがし、愛と恐怖を生み出し、胸を張り裂かせるこの町で……」

 長い語りを終えると、1980年代の名曲「マイ・ホームタウン」へ。

 「8歳だった俺を膝(ひざ)に乗せ、髪をなでながら、親父(おやじ)が言う。よく見ておけ、ここがお前の故郷だ、お前の故郷なんだ、と」

 感動的な歌声だった。ひどく直截(ちょくせつ)で感情的なデ・ニーロのスピーチにせよ、きわめて内省的で抑制の利いたスプリングスティーンの表現にせよ、そこには、今、自分たちが大切に育んできたはずの何かが大きく音を立てて崩れつつあることへの明確な抵抗と切実な祈りがあった。

 日本も含む世界中で全体主義的傾向が急速に強まり、様々な表現が窮屈になりつつあるように思えなくもない中、今なおこうした「個的」な表現が力強く放たれ、それらをきっちり受容する土壌が確かに機能し続ける米国の底力が頼もしかった。