満鉄の本社跡へ

 次に旧満州・満鉄関連施設で、満鉄の本社跡を訪れる。

 大連は、「満州」への玄関口であり、この大連に満州鉄道の本社があった。当時、大連には、満鉄関係者がたくさん住んでいたという。当時、日本人の師弟が通う学校もたくさんあり、その子どもたちの親は、満鉄関係者が多かった。
 満鉄は、海運、港湾、鉱山、製鉄、ホテル、病院、学校、図書館、遊園地など、幅広く経営し、単なる鉄道会社ではなかったという認識が必要だ。
 満鉄本社跡の建物は現在も別の目的で使われている。広い駐車場に入る入り口付近に、石碑があり、建物の由来が書いてある。中国語は発音はむずかしいが、漢字文化圏だから、なんとなく感覚で読める。
 満鉄の、今でいえばロゴのついたマンホールが現在も残っていた。