「(取材考記)新型肺炎取材、近くて遠いクルーズ船乗客 電話越しで知った船内の実情 鶴信吾」

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以下、朝日新聞デジタル版(2020/2/28 16:30)から。

 目の前に相手がいるのに、直接会うことができない。毎日のように電話で話しているけど、姿は見えない。そんなもどかしい日々だった。

 3700人を乗せた大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で発生した新型コロナウイルスの集団感染。船が横浜港に到着した今月3日の直後から、乗客・乗員への取材を始めた。

 取材は電話とメール、SNSが頼りだった。同僚のつてや、SNSの発信をたどった。

 「ホテルのように快適な船内なのだろう。取材など必要とされているのか」と感じながら始めた取材。だが中で起きていることは、いざ聞いてみなければ分からないことばかりだった。

 「血圧を下げるための薬があと3日分しかありません」。最初に話を聞いた男性はこう訴えた。乗客は高齢者が多いという。「同じように困っている人はたくさんいると思います」。その言葉通り、日を追うごとに同様の情報が続々と新聞社に寄せられるようになった。通話は時に1時間以上にわたった。船体には「しんこく くすり ぶそく」という旗が掲げられた。

 2週間以上、毎日のように乗客らと連絡を取り続けた。顔は知らないのに顔見知り、というような不思議な感覚になった。下船が始まってからは、「残念ながら陽性でした。これから搬送されます」と家族や友人に連絡するような文面のメールももらった。この男性は「何かのお役に立てるなら」と、船内のようすや自身の症状について教えてくれた。

 14日間の足止めに耐えた下船者の多くが気にしていたのは風評被害だった。にもかかわらず、船上の検査の信頼性が疑われる事態となっている。下船後に感染が分かったり、そもそも必要な検査を受けずに下船したりした人がいたためだ。陰性で自宅に戻ったのに「家から出ないでください」と近所の住民から言われ、じっと我慢の日々を送っている人もいる。

 乗客・乗員の感染者は700人を超え、4人が亡くなった。国の対応は適切だったのか。取材は、まだ終わっていない。

 (東京社会部)