以下、朝日新聞デジタル版(2020年10月6日 11時38分)から。
日本学術会議が推薦した新会員候補のうち6人を菅義偉首相が除外したことに波紋が広がっている。2003年まで同会議の第1部(人文科学)の部長などを務め、現行制度への改革にも関わった板垣雄三・東大名誉教授(歴史学)=諏訪市在住=は「6人の問題では全くない」と指摘する。何が問題なのか、板垣名誉教授に聞いた。
――板垣さんが日本学術会議の会員だったのは1994年からの9年間でした。日本学術会議とは。
日本の研究者全体を代表する組織(アカデミー)です。海外アカデミーとの国際交流協力や、国内諸学会の連携・協業の促進、新領域や研究者のあり方の調査など多面的な活動をしています。「政府の諮問機関」と表現する報道もありましたが、違います。政府に報告・提言するためだけの機関ではありません。
――諮問機関ではない?
例えば総合科学技術・イノベーション会議は政府の諮問機関です。日本学術会議は科学をもっと広くとらえていて、政策立案だけでなく広く社会に対して発言し、助言します。
――学術会議は人文社会科学系の研究者も多い。
日本学術会議で大きな意味を持つのは人文社会科学の分野です。「知」の扇子を開くとして、あでやかな扇面が自然科学・技術だとすると、人文社会科学は扇のかなめです。この二つが共同することで科学が暴走することなく正しい方向に進む、と考えられています。
――人文社会科学系の人たちばかり拒否された。
そう。かなめの部分に位置する人たちです。特徴的ですね。かつて自民党には学術会議廃止論を言う方はいましたが、会員の選任に手を突っ込む首相は皆無でした。政治が学術を支配しようとすれば学術は滅ぶ、というのが世界の常識。表立ってそんなことをしたら世界中から軽蔑される。独裁者の国のアカデミーでも、別の口実でやってきたものです。
――今回、首相は「法に基づいて適切に対応した」と言っている。
「日本はそういう国だったのか」と各国のアカデミーは驚いているでしょう。日本に真の学術はないと首相自ら表明したような結果を生んでしまう。どんな国でも「我が国の学術は独立している」と名誉にかけて言うのが普通です。内向きに平気でこういうことをやっていると、日本はどんどん落ち目になる。
――国際的にも注目されるでしょうか。
そうなります。米国ではいまプリンストン大やコロンビア大の研究者らが「民主主義を擁護するために科学者は立ち上がるべきだ」と声をあげ、有力学者たちが署名しています。日本学術会議の問題は強い関心で眺められているでしょう。
――今後への懸念は大きい、と。
「法に基づいて」と言ってしまうと、日本学術会議法に反し、営々と培われてきたその機能に背きます。学術会議が首相の下(もと)にある機関と強調すれば、世界中がガリレオ・ガリレイいじめのローマ教皇や、昔々の王立アカデミーを連想するでしょう。公人の公人たる政治の最高指導者に国をおとしめる過ちを犯させてはなりません。学術会議がここで毅然(きぜん)としないと、日本も日本の学術も名誉を失することになると思います。(依光隆明)