おいらの仲間には大の酒好きもいて、そうした仲間とおいらも学生時代より大酒を飲んできた。中でも、親友の一人が大の日本酒とウィスキー好きで、そいつの行きつけの東京のバーでは、高級ウィスキーのボトルをボーリングのピンほどに並べて楽しんでいる。親友だからご馳走になる機会もあって、普段は強い酒を飲まない俺も、いくつかだが、シングルモルトの有名どころの銘柄は覚えてしまった*1。
たとえば、Bowmore。
たとえば、Laphroaig。
たとえば、Lagavulin。
こうしたブランド名の多くが、英語 (English)*2 ではなく、おそらくスコットランド・ゲール語 (Stottish Gaelic) *3だから、俺はこうした綴りに馴染みがあるわけではない。けれどもそこにこそイングランドにたいする反骨精神と独立性が感じられて応援もしたくなる。
こうしたシングル・モルト(Single Malt Scotch Whisky)を飲みながら、政治をはじめいろいろな話をする。ときに、酒の話にもなる。俺たちは日本各地でこれまでお世話になった日本酒の蔵元をオートバイで訪問して、お礼を述べる旅をすべきではないか、とかの話とともに、それがいま楽しんでいるウィスキーとなれば、やはりスコットランドはアイラに行って、聖地巡礼として各蒸留所をめぐり、うまいシングル・モルトを口にふくみつつ、シングル・モルトにたいするお礼を述べなければなるまい、とか。
ちなみに、俺の個人的希望のひとつは、いまだモノにならない英語と長年格闘してきて、8カ月ほどの滞在期間でしかなかったけれど、アメリカ合州国はサンフランシスコとアオテアロア・ニュージーランドのキリキリロア(ハミルトン)にそれぞれ滞在し、短期間の訪問としては、オーストラリアやハワイ島、アイルランド、シンガポールなどを旅してきたけれど、本家本元のイギリスにはまだ足を下ろしたことがない。そこで、残しておいた最後の訪問地として、イングランドは、ロンドンのパブあたりで、「おたくさぁ、おたくの英語のお陰で、俺なんかすごい苦労させられてきたんだよ」「だいたい、数にうるさい英語なのに、なんで「七人の侍」は、Seven Samurai なの?アジア人を人間とは思ってないわけ?」と、酒を飲みながらぐだぐだと文句を言うのが、英語教師になってからの俺のささやかな希望だった。
だから、そうした恨みつらみを言う場所としては、もちろん本家本元のイングランドが目的地であることは間違いないが、アイラでもいいしエジンバラでもいいのだが、併合されてしまったスコットランドでも、イングランドとスコットランドのそれぞれの視点の違いを自覚しながら、文句を言ってみたいと考えてきたのだ。
これらの旅は、残念ながら、まだ実現していないのだが、たまたま娘が忘れていった村上春樹「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」があったので、この「ウィスキーの匂いのする小さな旅の本」を、とりあえず、そうした気持ちで読んでみた。
まず、スコットランド。
アイラ島の Islay の発音は、Natural Reader で発音を確認してみると、イギリス英語では、たしかにアイラだが、アメリカ英語だと、アイレイと発音している。
アイラ島には7つの蒸溜所がある。
村上さんは、この7つの蒸留所のシングル・モルトを7つ、地元のパブのカウンターに「癖のある」順番に並べてみて、テイスティングしたという。
Lagavulin(ラガヴリン)16年
Caol Ila(カリラ)15年
Bruichladdich(ブルイックラディー)10年
Bunnahabhain(ブナハーブン)12年
最初の方がいかにも土臭く、荒々しく、それからだんだんまろやかに、香りがやさしくなってくる。ボウモアがちょうど真ん中あたりで、ほどよくバランスがとれていて、いわば<分水嶺>というところだ。でもどれだけ味わいがライトになってもソフトになっても、「アイラ臭さ」は刻印のようにちゃんとそこに残っている。(p.35)
それと生ガキの食べ方。村上氏によれば、海産物と肉と、「島の食事はかなりいける」という。
島に行く人は、機会があったらぜひ生牡蠣を食べてみるといい。(中略)生臭さがなく、こぶりで、潮っぽいのだ。つるりとしているが、ふやけたところはない。
「そこにシングル・モルトをかけて食べるとうまいんだ」とジムが教えてくれた。「それがこの島独特の食べ方なんだ。1回やると、忘れられない」
僕はそれを実行してみた。レストランで生牡蠣の皿といっしょにダブルのシングル・モルトを注文し、殻の中の牡蠣にとくとくと垂らし、そのまま口に運ぶ。うーん。いや、これがたまらなくうまい。牡蠣の潮くささと、アイラ・ウィスキーのあの個性的な、海霧のような煙っぽさが、口の中でとろりと和合するのだ。(中略)それから僕は、殻の中に残った汁とウィスキーの混じったものを、ぐいと飲む。それを儀式のように、六回繰り返す。至福である。
人生とはかくも単純なことで、かくも美しく輝くものなのだ。(p.47-p.50)
こんな文章を読まされたら、俺もまた、アイラ島のシングルモルトが飲みたくなった。
さて村上さんの「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」は、スコットランドとアイルランドについて触れているのだが、本記事は、アイルランドまで行き着かなかった。
俺も家族旅行で行ったことのあるアイルランドは、また…ということで。