ダブリンの若者がソウルバンドを目指すアラン・パーカー監督の映画「ザ・コミットメンツ」(1991)で、アイルランド人はヨーロッパの黒人なのだというようなセリフがあったと記憶している*1。アイリッシュがブラックミュージックに共感するのはよくわかる話だ。
ヴァン・モリソンも大の R&B好きで、またBob Dylan に敬意をあらわし、アメリカ合州国に渡った。The Band との Last Waltz での "Caravan"のパフォーマンスは今でも語り継がれる素晴らしいパフォーマンスだ*2。
ヴァン・モリソンのたくさんあるアルバムの中で、選ぶとしたら、”Moondance”(1970)、"It's Too Late to Stop Now"(1974)、"Into the Music"(1979)ははずせない。
北アイルランド出身という出自を明確に押し出した Van Morrison & The Chieftans の "Irish Heartbeat"(1988)は、Robert Christgau の評価などをみると、かなり手厳しいものがある。けれども、イギリスというものがよくわかっていない俺などには、(北)アイルランドの視点がわかる興味深いアルバムの一枚になっている。
全10曲、8曲が traditional(伝統曲)のアルバムの中で、Van Morrison が作詞・作曲したものが2曲ある。
そのうちの一曲で、アルバムタイトルになっているのが "Irish Heartbet" だ*3。
歌詞の中の "your own ones" とは、民族の仲間、同胞ということだろう。
以下、Van Morrison "Irish Heartbeat"の拙訳。
(アイリッシュとしての)魂の鼓動
ああ、どうか一緒にいてくれませんか
少しの間一緒にいてくれませんか、あなたの同胞と一緒に
決して迷わないでください
迷い込まないでください、遠くあなたの同胞から離れたところで
とっても世界は冷たいから
あなたの魂なんか世界にとってはどうでもよいのです
あなたが同胞と共有している魂なんか
急いで逃げないでください
逃げないでください、あなたの同胞から
もう一日だけ
もう一日だけ、あなたの同胞といっしょにいてくれませんか
とっても世界は冷たいから
あなたの魂など世界にとってはどうでもよいのです
あなたが同胞と共有している魂なんて
まったく知らない人がいます
そしてその人はあなたのドアに立っています
ひょっとして、あなたの親友になるかもしれませんし、ひょっとして、あなたの魂の兄弟になるかもしれません
人生なんてわからないものです
わたしは帰ります
戻ります、同胞のところに
話をするために戻ります
話をするために、同胞と
とっても世界は冷たいからあなたの魂など世界にとってはどうでもよいのです
あなたが同胞と共有している魂なんて
Van Morrison – Irish Heartbeat Lyrics | Genius Lyrics
以下、もうひとつの "Celtic Ray"。
たとえ、ところは変っても、遠い記憶のなかにある懐かしい横町の子どもたちを思い出させてくれる唄だ。
以下、Van Morrison "Celtic Ray"の拙訳。
ケルトの光
ルウェリンがやって来てさ
そんで奴はね、マーケットタウンを通り抜けていくんだ
そうしたら、君は、あの懐かしいケルティックの光に触れられるよ
準備はいいですかぁ?
マクマナスがやって来てさ
早朝の巡回中に「ヘロン ア レイ」*4と大声で叫ぶとね
君はあの懐かしいケルティックの光に触れられるというわけさ
俺には古代の声が呼びかけているのが聞こえるんだ
「子供たち、子供たち」とね
石炭屋さんが11月の寒い日に回って来ると
君はあの懐かしいケルティックの光に触れられるんだ
準備はいいかい?
俺には古代の声が呼びかけているのが聞こえるんだ
「子供たち、子供たち、子供たち」とね
ねぇ、ジミー、聞いてよ
家に帰りたいんだ
ねぇ、ジミー、聞いてよ
家に帰りたいんだ
俺はあのケルティックの光からあまりにも長い間離れていたんだ
俺はあのケルティックの光からあまりにも長い間離れ過ぎていたんだ
早朝に、いっしょに散歩に出かけようよ
あの懐かしい光が差し込むところでね
Van Morrison – Celtic Ray Lyrics | Genius Lyrics
俺は、20年ほど前に、アオテアロア・ニュージーランドに滞在したことがあって、そのときホームスティした隣家に食事に呼ばれたことがあって、Van Morrison の "Irish Heartbeat"がかかっていたことがある。当然、Van Morrison は知っていたから、話もできた*6。家族全員が好きだったみたいだから、おそらくアイルランド系だったのだろう。
今回訳してみた二曲に限らないが、いわゆるイングランドによる併合問題やイギリスの言語問題、英語問題を、北アイルランド出身のミュージシャンの視点に私たちの視点を重ね合わせてみると、見えやすくなるということがあるかもしれない。
*1:"Moondance expanded edition"を購入した - amamuの日記
*2:https://amamu.hatenablog.com/entry/2024/07/23/171239。
*3:アルバム"Duets"(2015)では、Mark Knopfler と "Irish Heartbet" を共演している。
*4:早朝の懐かしい何かの呼びかけ声だと思うが不明。
*5:"Celtic Ray" の歌詞では、ブリテンが入っているので、これではイングランドも入ってしまうが、イングランドからみた「周縁」のことを「ケルト周縁部」(Celtic Fringe)というのだと、私は高橋哲雄氏の「スコットランド 歴史を歩く」(2004)で学んだことがある。Van Morisson いうところの Celtic Ray とは、かなりこの Celtic Fringe と重なるのではあるまいか。