井上ひさしさんの「宮澤賢治に聞く」を読んだ

宮澤賢治に聞く

 宮澤賢治の「雨ニモマケズ」は、子どもの頃住んでいたボロ家に、父親が賢治の詩を壁に貼っていたから、「雨ニモマケズ」の詩は子どもの頃から知っていた。賢治の妹が亡くなったとき詠まれた「永訣の朝」は、俺が高校1年か高校2年のときの国語の教科書に載っていて授業で習ったから、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」というフレーズはいまだに俺の頭の中にある。高校の英語の教師になってからは、「注文の多い料理店」を生徒に英語人形劇で取り組ませたこともあるけれど、俺の宮澤賢治像は全くと言ってよいほど貧弱だ。
 文学を読もうとする余裕も時間も教養もないのだから仕方がない。
 俺の書棚には、読もうと思って購入したものの、時間貧乏のため読めていないものもある。「宮沢賢治のしごと」(畑山博)や「宮澤賢治に聞く」(井上ひさし)もそれぞれそうした一冊である。
 それで、井上ひさしさんの「宮澤賢治に聞く (文春文庫)」を読んでみた。
 そうして、「小学五年に『注文の多い料理店』や『どんぐりと山猫』を読んでいらいずーっと賢治に狂い続けていたわたし」という「告白」を見つけた。「この人から受け継ぐもの」の中でも宮澤賢治に力が入っているわけが理解できた。
 この本の中の後半部分に収録されている天沢退二郎さんやロジャー・パルバースさんの宮澤賢治に関する文章はまだ読んでいないけれど、昨日の「この人から受け継ぐもの」に続いて、「宮澤賢治に聞く」を大変面白く読んだ。