「イチロー、屈辱的な三振こそ堂々 貫いた生き様をたどる」

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以下、朝日新聞デジタル版(2019年3月21日21時36分)から。

 天才打者と呼ばれた男が、そのプロとしての生き様を見せてくれたのは、三振に倒れたときだ。

 むなしくバットが空を切る、屈辱的なアウトに終わっても、イチローの表情は変わらない。むしろ、背筋を伸ばし、胸を張り、悠然とベンチへ戻っていく。そこから伝わってくるのは、一つ。自信だ。

 自分に負けず、やれるだけの準備をしてきた自負がある。だから、一瞬の結果で、心にさざ波が立つことはない。6年前、日米通算4千安打を達成したとき、イチローは語っていた。「4千の安打を打つには、8千回以上は悔しい思いをしてきた。それと常に向き合ってきた。誇れるとしたら、そこじゃないかな」

 大リーグで年間200安打以上を放った全盛期でも、失敗を恐れず、前に進もうとしていた。米国でイチローを長く撮影していた、あるカメラマンが教えてくれたことがある。

 シーズンの途中、イチローが球をとらえたと思った瞬間にシャッターを押しても、いつもよりもバットの振り出しが少し遅れていたり、角度が微妙にずれていたりすることが何度もあったという。コンマ何秒、数センチの違い。それが偶然か、狙ったのかを本人は明かさないが、自らの打撃をイチローはこう表現する。「これでよしという形は絶対にない。でも今の自分の形が最高だ、という形を常につくっている」。ときには、精密機械の目でしかとらえられないミクロの世界で、破壊と創造を繰り返していたのだろう。

 重圧を背負いながら、大リーグで数々の記録の金字塔を打ち立ててきたが、イチローの口からは「ファンのみなさま、応援をお願いします!」という紋切り型のセリフを聞いたことがない。声援に感謝しながらも、うわべの情感におぼれない。むしろ、この言葉だ。「応援していただけるような野球選手であるために、自分がやらないといけないことを続けていく」

 40歳を過ぎても、プロとして一切の妥協を許さなかった。だからこそ、凡退しても堂々と振る舞い、そして、自らの安打を「作品」と称することが出来たのだ。(村上尚史)