安倍晋三首相がかばい続けた「忖度(そんたく)発言」の塚田一郎国土交通副大臣が、一転して辞任に追い込まれた。キーワードの「忖度」は、政権の急所である森友・加計(かけ)学園問題を想起させる。首相の擁護で後手後手に回った政権のダメージは大きく、利益誘導があったかどうかの解明もこれからだ。

 「今回の発言の責任を取って、副大臣の職を辞したい」。5日午前、塚田氏は石井啓一国土交通相と同省内で面会し、用意した辞表を提出した。石井氏は引き留めることなく「承った」。前日の国会で塚田氏は「職責を全うしたい」と続投する意向を示してからわずか1日での急変だ。

 事態が動き出したのは4日夜。菅義偉官房長官がホテルに塚田氏を呼び出し、「国会議員なのだから出処進退は自分でしっかり決めるべきだ」と伝えた。その後、塚田氏は所属する麻生派会長の麻生太郎財務相と面会し、辞意を伝達。麻生氏は5日午前の閣議後に安倍首相と会談し、塚田氏の辞意を報告し、首相が受け入れた。

 首相は塚田氏を続投させる考えだった。4日の国会答弁では「本人からしっかりと説明すべきであり、そのことを肝に銘じて、職責を果たしてもらいたい」と強調。新元号を好感し、支持率が上昇する報道機関の世論調査結果も出ていた中で、官邸幹部が「1強の安倍政権なら辞めないで済むかもしれない」と話すなど、時間の経過とともに問題が収束するという甘い見方があった。

 首相が盟友・麻生氏に気を使って、更迭の判断を遅らせたとの見方も強い。

 塚田氏の発言は、福岡県知事選で麻生氏が担ぎ出した自民推薦の新顔候補の応援演説で出たものだ。3期目を目指す現職に対して、新顔の苦戦が伝わる中、塚田氏の露骨な「利益誘導」発言。首相が麻生氏の頭越しに更迭すれば、「麻生氏のメンツをつぶすことになる」(麻生派幹部)というわけだ。

 5日午前、麻生氏が塚田氏の辞意を安倍首相に伝えた会談では、辞任劇の引き金を引いた菅氏による塚田氏の呼び出しについて「総理のお考えですか」と尋ね、首相は「そんなことはありません」と答える一幕もあったという。

 しかし、「忖度」という言葉をめぐっては、政権を土台から揺るがしている森友・加計学園などで繰り返し指摘され、世論の厳しい批判を浴びてきた経緯がある。発言を認めれば重大な疑惑を認めることになる一方、撤回することは選挙のさなかにウソをついたことになる深刻な事態だ。

 野党だけでなく自民党内の派閥会長クラスからも厳しい指摘が相次いだ。岸田文雄政調会長は4日、北海道滝川市で「緊張感を欠く軽率な発言だったのではないか」と批判。茂木敏充経済再生相も同日、記者団に「極めて不適切。忖度という、今使ってはいけない言葉を使っている」と述べた。麻生派の一人は「塚田氏の地元である新潟県連からも『県議選が戦えない』という批判が強く、本人も持たなくなった」と話す。

 安倍政権では、過去にも問題発言や不祥事で閣僚や政務三役が辞任したケースがある。だが、一度続投を明言しながら、急きょ方針転換を迫られたケースは少ない。党幹部は「早く切っておけば何てことはなかった。官邸が麻生氏に気を使ってしまったからこういうことになった」と話す。対応は完全に後手に回った。(岡村夏樹、太田成美)

政治に翻弄された道路

 塚田氏が「忖度して国直轄の調査に引き上げた」と語った下関北九州道路は、長く政治に翻弄(ほんろう)されてきた。

 山口県下関市北九州市を隔てる約2キロの関門海峡を結ぶ構想が浮上したのは、安倍晋三首相の父、故晋太郎氏が地元選出の衆院議員だった1980年代にさかのぼる。東京湾など全国の6海峡を橋やトンネルで結ぶ「海峡横断プロジェクト」の一環として、98年までに国の開発計画に盛り込まれた。しかし、大型公共事業への批判が高まり、第1次安倍政権を引き継いだ福田政権が2008年、国による調査中止を表明して計画を凍結した。

 「国土強靱(きょうじん)化」を掲げる第2次安倍政権が発足すると、首相と福岡を地盤とする麻生氏のおひざ元という事情もあって、地元の期待は膨らんだ。17年度から2年間は地元自治体が年2100万円をかけて工事方法などを調査。国は調査費のうち年700万円を補助した。さらに19年度は国の直轄調査に引き上げられ、19年度予算で4千万円を計上した。

 海峡横断プロジェクトで国が直轄調査を行うまでになったのは下関北九州道路だけだ。こうした経緯のなか、塚田氏は首相と麻生氏の意向を「私が忖度した」と語って、「国直轄の調査に引き上げた」と誇らしげに紹介した。福岡県幹部は「『安倍・麻生道路』とは本人たちが言うわけがないが、この2人にとってもやりたい事業なのは間違いない」と受け止めた。

 副大臣国家行政組織法で「閣僚の命を受け政策及び企画をつかさどり、政務を処理し、閣僚の命を受けて閣僚不在の場合その職務を代行する」と定められている。塚田氏は昨年10月に副大臣に就任し、19年度予算編成に携わっている。石井国交相は調査の中止や決定過程の検証はしない考えだが、強い職務権限があった塚田氏が道路調査の「格上げ」に関与したかの解明は今後も焦点となる。

 野党は辞任だけでは済まないとして、追及する方針だ。国民民主党玉木雄一郎代表は記者団に「いまだにこんなことがまかり通っているのか。昭和の自民党という感じが否めない」と指摘。社民党又市征治党首はコメントで「首相らの意向を忖度して、森友・加計学園問題や統計不正問題などへの批判や追及を何ら反省せず、副大臣自らが公共事業や国土交通行政に関する信頼性を低下させた責任はきわめて重い」と批判した。(高橋尚之、柏樹利弘)