「イージス候補地、相次ぐ不手際に反発「信頼損なわれた」」

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以下、朝日新聞デジタル版(2019年6月10日15時5分)から。

 陸上で敵のミサイルをレーダーでとらえ、迎撃ミサイルを発射する「イージス・アショア」。配備の候補地として秋田県山口県の国内2カ所が選ばれた。

 だが秋田では、防衛省が作成した調査報告書に誤りが見つかったり、住民説明会で防衛省職員が居眠りしたりする不手際が6月に入って相次いで発覚し、地元が反発を強めている。

 もし、そんな国の防衛設備が、わがまちにやってきたら――。秋田市の住民を取材した。

 ギリシャ神話で「神の盾」を意味するイージス。これまで、海上イージス艦がその役割を担ってきたが、陸地で肩代わりするのが陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」だ。国内2カ所に設置すれば、日本列島全体を防衛できるとされる。

 秋田市では、陸上自衛隊新屋(あらや)演習場がイージス・アショアの配備候補地となった。住宅地に隣接している場所だ。

 南北2キロ、東西800メートル。自衛隊が発足した1954年に国が用地を取得した。高さ2メートルを超す有刺鉄線と金網で囲われた敷地には雑木林などが広がる。

 東北防衛局によると、演習場は主に秋田駐屯地の部隊が使う。2017年度は、約120日間で延べ4千人が架橋や偵察などの訓練を実施した。射撃訓練の際には、実弾ではなく空砲を使っている。

 「『パンッ』と乾いた音や、ヘリコプターの飛行音がします」と、演習場近くに約40年暮らす女性(69)が語る。騒音のある訓練は回覧板で事前に知らされ、日常生活での支障を感じたことはないという。演習場への反対運動もなく、地元の人が特別に危険を意識する存在ではなかった。

 そこへ1年半前、突然浮上したのがイージス・アショアの配備計画だった。

ミサイル迎撃へ三の矢
 昨年3~4月に実施した朝日新聞社世論調査では、イージス・アショア導入への「賛成」は66%。「反対」の27%を大きく上回った。中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発など、日本周辺の安全保障環境に「不安を感じる」が9割超。そうした状況のなかで、政府は準備を進めた。

 昨年6月、政府は秋田と山口を候補地に決め、両県に伝達した。

 元陸上自衛隊研究本部長の山口昇氏(67)によると、導入のメリットは敵ミサイルを撃ち落とすチャンスが増えることにある。

 イージス艦に搭載されているミサイルの迎撃率は実験上でも8割程度。従来は、撃ち漏らしたミサイルを地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)が撃墜する二段構えの想定だった。

 これにイージス・アショアが加わり防衛網がより重層化すれば、最初の迎撃に失敗しても、二の矢、三の矢で敵ミサイルを撃ち落とせる確実性が高まる。さらに「これまで北朝鮮の警戒で日本海から動かせなかったイージス艦を機動的に運用できるようにもなる」(山口氏)。

 だがそうした防衛上の重要拠点となることは、配備地側にとってはリスクを引き受けることを意味する。

先制攻撃のリスク「高まる」
 軍事評論家の前田哲男氏(80)は「目標として狙われるのは当然だ」と言う。「冷戦後の戦争は、ミサイル基地やレーダー基地といった、相手のいわば『神経』を奪う戦法。先制攻撃を受ける確率は格段に高まる」

 防衛省は今回の提案で、敵の攻撃から守るためとして、250人体制の警備を打ち出した。地対空誘導弾も常備する。前田氏は「近くを歩けば職務質問されるなど、演習場周囲の景観は一変する」と予測する。

 防衛省案では、レーダーと3基のミサイル発射装置の具体的な配置案も示された。

 「住宅地や公共施設から700メートルは離すのが地元の要望」として、防衛省は地図上で、秋田商業高校や県立総合プールといった公共施設付近から半径700メートルの円をひいた。その円の外にレーダーなどを置くというのが、防衛省の案だ。

 だがこの「700メートル」に法的な根拠はない。佐竹敬久知事が昨年8月、防衛省幹部との会談で「最低でも700、800メートル、1キロ程度」の距離を取るべきだと発言しており、これを元にした譲歩案だ。

 南北2キロ、東西800メートルの新屋演習場で、この条件に合う場所は配置案以外ほとんどない。仮に「700メートル」の数字を「1キロ」に変えるだけで、地図上に「適地」はなくなる。

 レーダーなどの重要設備を外敵から守るためにそれで十分なのか。周辺住民が巻き添えになることは本当にないのか。

 5月27日に秋田県庁を訪問した原田憲治防衛副大臣は、新屋演習場が「適地」であるとする調査結果を知事や市長に伝えたうえで、断言した。「いかなる事態になっても、周辺住民の皆様を守り抜くことをお約束いたします」

住民「わざわざ危険なものを」
 地元の懸念は根強い。

 近隣には学校も点在している。演習場のフェンスから約500メートルに位置する勝平小学校に子ども2人を通わせる母親(42)は「危険なものをわざわざ学校のあるところにつくるとは……」と不安な表情を見せる。目に見えないレーダー波への健康被害を心配する声もある。

 演習場周辺の新屋勝平地区には約1万3千人が暮らす。地区の16町内会でつくる新屋勝平地区振興会は配備への反対を決議。佐々木政志会長(69)は「住民にとって、ここが『適地』でないことははっきりしている」と憤る。

 ただ、首長や議会はこれまで、国の調査結果が示されていないことなどを理由に、賛否を明らかにしてこなかった。佐竹知事が「県として良い、悪いという決定権限はない」と発言したこともあった。

 高度な政治判断を伴う安全保障政策に、地方の立場での対応には限界がある。態度表明を先送りする首長や議会に対し、住民から不満の声もある。だが、国が国防施設を国有地につくろうとしているとき、地方側にとって有効な対抗手段が容易には見つからないことも事実だった。

 これまで国は、イージス・アショア配備の前提として、「丁寧に説明し地元の理解を得る」と繰り返し述べてきた。何をもって「理解」とするかの基準は示されていないが、それがわずかなよりどころでもあった。

 だが5月に示された防衛省案では、地元に新たなボールが投げられた。安全を確保するため県道の付け替えが必要だとして、演習場西側に広がる県有地の買収が提案された。

 県民の財産である県有地の処分には、議会の議決が必要になる。地元に主体的な判断ができる余地が生まれたことになる。

 ただ、防衛省の真意は見えない。5日の県議会全員協議会では、「県有地を買収できなくても配備するのか」という県議の質問に対し、防衛省幹部は「仮に取得できなかった場合はその時点で改めて検討しなければならない」と明言を避けた。その一方で「県有地を取得しなくても、演習場内の敷地への適切な配備は可能だという考えはかわりない」とも述べた。

 報告書に誤りがあった問題を受け、知事や市長も「調査全体の信頼性が損なわれた」と批判のトーンを強めており、議論の行方は見通せない。(神野勇人、曽田幹東)