「年収200万円未満が75% 非正規のリアルに政治は」

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以下、朝日新聞デジタル版(2019年6月18日8時0分)から。

非正社員が働き手に占める割合は過去最高水準
 全都道府県で1倍超の有効求人倍率、高い大卒の就職率、歴史的な低失業率――。安倍政権は「アベノミクスの成果」として雇用の指標をよく語ります。でも、非正規雇用が10人に4人にまで増え、そのほとんどの年収が200万円に満たないことはあまり触れられません。安倍晋三首相が「非正規という言葉を一掃する」と言いながら、歯止めなく増え続ける非正規雇用も、参院選での論点になりそうです。

 東京都内で独り暮らしの40代女性はいま、法務サービス会社の事務職として働く。1年更新で最長3年の非正社員だ。

 20年ほど前、「進学するなら自力で」と親に言われ借金して念願の大学に入った。4年秋に学費を滞納し、退学処分になった。「新卒」の就職も厳しかったころだ。証券会社やコンサルタント会社など様々な職場を転々としたが、どれも非正規雇用だった。いじめやパワハラも経験した。抗うつ剤睡眠薬、安定剤などが手放せなくなった。

 官庁でも働き、間近で「すべての女性が輝く社会」「1億総活躍社会」といったスローガンを聞いたが、自分のことのようには感じられなかった。

「いまさら何だ」憤り
 安倍政権は今月、30代半ばから40代半ばの「就職氷河期世代」の就労支援策を打ち出した。非正規雇用が317万人、フリーターが52万人、職探しをしていない人が40万人とされるこの世代について、3年で30万人を正規雇用にする目標を掲げる安倍晋三首相肝いりの施策だ。だが、安定した職を求め、はね返され続けてきた女性は「いまさら何だ」と感じたという。支援策には将来の生活保護費が膨らむのを食い止めるねらいがあると知り、「どこまでプライドをぼろぼろにされるのだろう」と傷つきもした。

 憤ったのは、この女性だけではなかった。経済財政諮問会議の民間議員がこの世代を「人生再設計第1世代」と呼んだと報じられると、ネット上では「上から目線だ」「自己責任論に持ち込む魂胆にみえる」といった批判が噴出。建設や運輸分野の短期の資格取得支援といった施策は「人手不足に対処するためにこの世代を活用しようとの意図が透けてみえる。問題を解決する支援とは言い難い」(日本総研・下田裕介副主任研究員)と、厳しい評価を受けている。

 安倍政権はこの春から、働いた時間で賃金が変わらない「高度プロフェッショナル制度高プロ)」や、正社員と非正社員の不合理な待遇差を改善する「同一労働同一賃金」など、「働き方改革」の新制度を順次導入している。ただ、高プロのように働き手のニーズというよりも、企業目線、経営者目線で生産性の向上をめざす改革が際立つ。

 改革を推し進めてきた原動力は「アベノミクスの成果により、雇用環境は着実に改善している」(安倍首相)という自信だ。首相は選挙のたびに政権発足後の就業者の増加ぶりや全都道府県で1倍を超えた有効求人倍率、歴史的な低失業率などを強調する。高い大卒就職率は、若者の高い内閣支持率につながってきた。

 だが、首相があまり触れない数字もある。非正規雇用だ。この6年間で約300万人増え、2018年10~12月は2152万人になった。首相は「非正規という言葉を一掃する」と宣言したが、働き手に占める非正規の割合はいまや38%を超え、過去最高の水準にある。

働いても働いても……
 この6年間の非正社員数の変化を年代別にみると、45歳以上の女性が約200万人増え、65歳以上の男性も約90万人増だった。中高年でも正社員を望む人は多いが、現実は厳しい。

 東京都内の女性(58)は「一度正社員の道を外れると、不安定な生活になる」と話す。大卒の正社員だった24歳で結婚、退職し、家事と育児に専念。30代半ばで離婚した。簿記の資格を取り、職場をいくつか経験したが、パートでは多くても年収が200万円に届くかどうか。現在は求職中で、若い頃の蓄えを切り崩しながら、30代でアルバイトの長男と暮らす。読みたい本は買わずに図書館で順番を待つ。「生活がやっと。お金は使いたくない。こんなので個人消費なんて伸びるわけがない」と言う。

 今年パートで外回りの仕事をしたが、体調を壊しかけ、1カ月足らずで断念。「人手不足なのは体力勝負の業界ばかり。事務職ばかりだった身には厳しい」と語る。

 総務省の2017年調査では、非正社員の75%は年収200万円未満。「働いても働いても生活が豊かにならない」、いわゆるワーキングプアに当てはまる。女性だけだと比率は83%に達する。

 政権も「官製春闘」で企業に賃上げを促し、最低賃金の全国平均は6年間で125円上がったが、賃金が低い非正社員の伸びが正社員の伸びを大きく上回っているため、働き手の平均給与額は伸び悩んだままだ。アベノミクスの「3本の矢」表明から6年が過ぎても、消費が上向かない一因がここにある。

 氷河期世代に象徴される非正規雇用が増え続けるのは、企業が人件費を抑えようと正社員よりもパートやアルバイトを雇ってきたことがある。加えて、1990年代後半以降、自民党政権が企業の求めに応じて派遣労働などの規制緩和を進めたことも背景にある。

 平均賃金を上昇させるには、際限なく増え続ける非正規雇用に歯止めをかけることが欠かせない。それには過去の規制緩和を冷静に検証し、企業や経営者がいやがる改革にも踏み込む覚悟が問われるが、目先の看板施策にこだわる今の政権にそうした機運は乏しい。直近では、最低賃金の大幅な引き上げを求める政府内の声が、企業側の強い反対でかき消された。

 この先、多くの外国人労働者が「特定技能」の資格で入ってくると、平均賃金はさらに伸び悩む恐れがある。少子高齢化が進むなか、政府は70歳まで働ける場を確保することを企業の努力義務とする方針だ。だが、いまのところ、高齢者が豊富な知識や熟練した技能を提供できたとしても、それに見合った報酬を受け取れるかはわからない。(堀内京子、滝沢卓、志村亮)

<視点>有期契約の規制、再検討を
 「1億総活躍社会」「働き方改革」「人づくり革命」――。労働分野でも、安倍政権は次々と「看板」を付け替えてきた。6年前の「失業なき労働移動」はどこにいったのだろう。

 派手な「看板」の一方で、丁寧に政策を練り上げる発想には乏しい。官邸主導の「看板」作りが優先される結果、しばしば場当たり的な政策パッケージが打ち出される。外国人労働者政策や就職氷河期世代支援策が典型例だ。

 本来、労働政策に求められるのは、将来の労働市場や雇用慣行を見据えた長期的な視点だ。それが政治の役割でもある。

 安倍首相は「働き方改革」で「非正規という言葉を一掃する」と繰り返した。

 非正規で働く人の多くは、契約期間が決められた有期契約だ。仕事があるのに契約が細切れなので、不安がつきまとう。この不安を解消するため、昨年4月に本格スタートしたのが「5年ルール」だ。有期契約が繰り返され、通算5年を超えた場合に無期契約になる権利がえられる。2013年4月施行の改正労働契約法に盛り込まれた。

 当時検討されたもう一つの選択肢がある。有期契約を結べるケースを限定する方法だ。「入り口規制」といわれ、労働側が主張したが、経営側の反対で見送られた。人手不足のいま、「5年ルール」の成果を検証した上で、再び検討してもいいのではないか。(編集委員・沢路毅彦)