「テーマ特集みんなの寅さん考 寅さん知るにはまずこの5本 男はつらいよガイド初級編」

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以下、朝日新聞デジタル版(2019/12/31 20:00)から。

 かつて正月映画の定番といえば、「男はつらいよ」だった。22年ぶりの新作公開でいま話題になっているが、久々すぎて記憶がおぼろげだったり、そもそもシリーズを見たことがなかったり、という人も少なくないだろう。そこで寅さんといえば、朝日新聞にはこのひとがいる。大衆文化・芸能担当の小泉信一編集委員(58)だ。マドンナら数々の出演者にインタビューし、シリーズ全作を繰り返し見てきた。「これを見れば、きっと新作も楽しめる」というおすすめを紹介する。

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初級編
 まずは、主人公・車寅次郎とはどんな人物で、マドンナとどんな恋物語を展開してきたのかを知るうえで欠かせない作品を挙げる。

男はつらいよ
(第1作、1969年8月公開)

 テレビ版「男はつらいよ」(68年10月~69年3月、全26回)の最終回でハブにかまれて亡くなった主人公・車寅次郎(渥美清)。「スクリーンでよみがえらせたい」と原作者の山田洋次監督が挑んだ記念すべき作品。妹さくら(倍賞千恵子)の見合いをぶちこわした場面など乱暴者の寅さんの魅力がたっぷり。のちに、さくらの夫となる博(前田吟)の父親を演じたのは名優、志村喬。寅さんとの掛け合いには涙がこぼれる。


男はつらいよ 望郷篇」
(第5作、1970年8月)

 江戸川に浮かぶ舟の上で昼寝をしていた寅次郎。流れ着いた先は千葉の浦安。そこの豆腐屋で働くことに。ところが娘の節子(長山藍子)から「ずっとうちの店にいてもらえないかしら?」と言われ、プロポーズと勘違い。喜びのあまり、さくらに「俺、こっちで所帯持つかも知れねえよ」と電話してしまう。長山はテレビ版「男はつらいよ」では妹さくらを演じていた。倍賞とのツーショットは見もの。


「寅次郎忘れな草
(第11作、1973年8月)

 旅回りの歌手リリー(浅丘ルリ子)が初めて登場した作品。オホーツク海に面した北海道の港町・網走で寅さんと出会い、互いの境遇を、浮かんでは消える「あぶく」にたとえた。フーテン暮らし同士だからこそ分かり合えた2人。リリーは新作も含め、寅さん映画にはマドンナ中最多の6回出演した。かわいらしさと気性の激しさが同居するリリー。揺れる女心を描いた「寅次郎相合い傘」(第15作、75年)も忘れてはいけない。


「寅次郎あじさいの恋」
(第29作、1982年8月)

 葵祭でにぎわう京都。寅さんはひょんなことで人間国宝の陶芸家(片岡仁左衛門)の家に泊まる。そこで出会ったのが、かがり(いしだあゆみ)。夫に先立たれ、娘を丹後の実家に預けて働いていた。公認の仲の陶芸家がいたが、失恋。かがりは仕事をやめ帰郷する。慰めようと丹後を訪ねた寅さん。だがその晩、かがりは一晩過ごしていいと思い、寅さんの寝室へ。シリーズ50作の中で最もスリリングな場面。果たして寅さんは?



「口笛を吹く寅次郎」
(第32作、1983年12月)

 岡山・備中高梁にある博の実家の菩提(ぼだい)寺を訪ねた寅さん。離婚して寺に戻ってきた朋子(竹下景子)に一目ぼれ。和尚(松村達雄)の代理で寺の仕事を手伝う。弁舌巧みな寅さんは地元の人たちの人気者に。そんな寅さんにほれてしまったのが朋子。愛を告白するため柴又にやってくるが、寅さんは仏門の修行もままならないことを痛いほど分かっており、朋子の切ない思いを受け止めてあげられない。柴又駅での別れはシリーズ屈指の名場面だ。(編集委員・小泉信一)


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男はつらいよ」とは
 もともとは1968年10月から69年3月まで放送されたフジテレビ系のテレビドラマだ。テレビ版では、主人公の車寅次郎が最終回、ハブをつかえて、ひともうけしようと鹿児島・奄美大島に渡ったが、ハブにかまれて死んでしまう。「どうして寅さんを殺すんだ」と視聴者から抗議が殺到した。

 その後、松竹が映画化に踏みきり、第1作は69年8月に公開された。少年時代に家出した寅次郎が久しぶりに故郷、東京・葛飾柴又に戻ってきたところから物語は始まる。出迎えたのおいちゃん、おばちゃん、そして妹のさくら。テキ屋稼業の寅さんは旅先や柴又で美女に出会い、恋をするもののあえなく失恋、また旅に出る、というのがだいたいのパターンだ。後半ではおいの満男(さくらの一人息子)の恋愛も同時並行で盛り上げる。

 寅さんという魅力あふれるキャラクターを中心に、全国各地の美しい景色と人間の情愛を描いた喜劇は、国民映画として定着。97年までに特別篇を含む49作が製作された。

 テレビ版でも映画版でも寅さんを演じたのは渥美清さん。話芸練達のコメディアン渥美清のまさにはまり役だった。さくら役の倍賞千恵子さんをはじめ、さくらの夫役の前田吟さん、おいちゃん(森川信さん、松村達雄さん、下條正巳さん)、おばちゃん(三崎千恵子さん)、印刷会社のタコ社長(太宰久雄さん)、源公(佐藤蛾次郎さん)、帝釈天の御前様(笠智衆さん)らレギュラー陣がもり立てた。吉永小百合さんや浅丘ルリ子さんら毎回登場するマドンナも話題になった。

 シリーズ後半には、全国からロケ誘致が殺到するほどの人気に。ロケは3県(埼玉、富山、高知)をのぞく44都道府県に及び、第41作ではウィーンでもロケされた。(斉藤勝寿)