「苦境の今こそ、人類の好機 大澤真幸さんが見つめる岐路 新型コロナウイルス」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2020年4月8日 10時00分)から。

 世界中の人々が同じ危機に直面しており、誰にとっても逃げ場はない。新型コロナウイルスの感染拡大で、私たち人類は「運命共同体」であることを、いや応もなく実感させられた。社会学者の大澤真幸さんは言う。「苦境の今こそ、21世紀最大の課題である『国家を超えた連帯』を実現させるチャンスだ」と。
社会学者・大澤真幸さんに聞く
 ――ついに日本政府も緊急事態を宣言し、世界中の都市から人影が消えつつある。誰にとっても想定外の事態をどう捉えますか。
 「ウイルス自体は文明の外からやってきた脅威ですが、それがここまで広がったのは、『グローバル資本主義』という社会システムが抱える負の側面、リスクが顕在化したからだと考えています」
 「未知の感染症は野生動物が主な宿主です。世界中の原生林が伐採され、都市化された結果、野生動物との接触機会が増え、病原体をうつされるリスクも高まった。英国の環境学者ケイト・ジョーンズは『野生動物から人間への病気の感染は、人類の経済成長の隠れたコストだ』と指摘しています」
 「新型コロナウイルスの深刻な特徴は、感染の広がるペースがあまりにも速いことです。2002~03年に中国南部から広がった重症急性呼吸器症候群SARS)とはまるで違う。病原体自体の性質の違いもありますが、中国がグローバル資本主義を牽引(けんいん)し、国内外への人の移動が飛躍的に増えたことが確実に影響しています」
 ――経済活動が地球規模に広がったことが危機を招いた、と。

 「『人新世(じんしんせい)』という言葉がある。人類の活動が地球環境を変える時代が訪れた、という意味です。人類の力が自然に対して強すぎるため、気候変動で大災害が頻発する。それにより私たちはかえって、自然への自分たちの無力を思い知らされる逆説が生じている。今回のパンデミックも、私たちが自然の隅々まで開発の手を広げたことで、未知の病原体という『自然』から手ひどい逆襲を受けている。両者は同種の問題です」
 ――現行の感染症対策をどう評価しますか。
 「各国政府の主な対策は『多層的な封じ込め』です。個人は外出しない。都市や地域を封鎖する。国レベルで渡航制限をする。短期的には有効だし必要ですが、問題の解決にはつながりません」
 ――なぜですか。
 「社会や経済のシステムが国レベルで完結していた時代であれば、『封じ込め』は抜本的対策になりえた。だけど、現代の日本で感染拡大を抑えられても、世界中に感染が広がっている限り、封鎖による経済的打撃から逃れる方法はなく、五輪も開催できない。一国レベルで感染問題が解決しても、その国が幸せになるわけではない。『○○ファースト』は、ウイルスの脅威には通用しません」
 「現代の世界各国は人体の各細胞のように依存しあって生きています。細胞が孤立すると死んでしまうように、封じ込めを続けると、国の存続自体が危うくなる」
 「現在、すでに『封じ込め』では対応しきれない崩壊が世界で進みつつあります。医療システムの崩壊、経済システムの崩壊、そして人々のメンタル面の崩壊です」


 ――「メンタル面の崩壊」とは何ですか。
 「たとえば、各国の医療現場で人工呼吸器の絶対数が不足し、高齢の重症患者と若い重症患者、どちらに呼吸器を優先的に装着するか、という選択を迫られる事態が多発しています。人工呼吸器を若者に回さざるを得ないとの判断。それは苦渋の決断で、社会を維持していく優先順位では、ある意味で正しいとも言える。しかし、その決断は『最も弱い立場にある人こそ、最優先で救済する』という、人間倫理の根幹をないがしろにしてしまうおそれがあります」
 「そういう判断を重ねることで、倫理的なベースが侵され、『弱い人を見捨てても仕方ない』という感覚が広がり定着してしまう可能性がある。パンデミックの長期化・深刻化は、人心の荒廃まで招きかねません」
 ――中国は強権的な方法で感染の押さえ込みに成功しつつあるように見えます。
 「ITで個々人の健康状態や移動を把握し、コントロールできる『超管理社会』になれば、感染の広がりは抑えられる。けれども、中国が『新たな感染者がゼロになった』と公表しても多くの人が『本当かな』と思っています。上層部が数字を握りつぶしているから、というだけではなく、現場から正確な数字が上がっていない可能性もあるからです」
 「中国の官僚たちは中国共産党、直接には自分の上司に生殺与奪の権を握られており、幹部の不興を買う感染者の増加は報告したがらない。一方で、人民に対して不利益なことをしても、自らの将来には関係がない」
 ――昨年、ウイルスに関わる情報をいち早くSNSで発信した武漢の医師を、現地の警察は、デマで秩序を乱したとして訓戒処分にしました。その後、医師は治療活動で感染し、死亡しています。
 「政府が情報を隠そうとしたため、感染拡大を防げなかった。人民に責任を負わない政府では、効果的な感染対策はできません」
 「ただし、感染拡大を防ぐためにITやビッグデータを活用すること自体は許されるべきです。人類を挙げて感染症に立ち向かう時に、自ら手足を縛ることはない。権力によるデータ悪用を危惧する声もありますが、情報の民主的管理を徹底して対応するべきです」

 ――「封じ込め」に代わる対策はありますか。
 「感染症に限らず、気候変動など、人類の持続可能性を左右する現代の大問題には『国民国家のレベルでは解決できず、国家のエゴイズムが問題を深刻化させてしまう』という共通点があります。気候変動を食い止めるには二酸化炭素の排出を抑制する国際協力が不可欠ですが、米国が国際協定から離脱することで水泡に帰してしまう。新型コロナウイルスに関する中国の情報隠蔽(いんぺい)も同様です」
 「社会システム自体がグローバル化し、解決には地球レベルでの連帯が必要なのに、政策の決定権は相変わらず国民国家が握っている。それは私たちが、現時点では自国に対して一番レベルの高い連帯感・帰属意識を抱いているからです。それを超える連帯を実現させなくてはいけない」
 「例えば、現在のWHO(世界保健機関)は、総会で条約や協定を作っても、加盟国に対する強制力はありません。WHOよりもはるかに強い感染対策をとれる国際機関を設立することが必要です。新型感染症対策では、その機関による調査・判断・決定が、各国政府の力を上回る力を持つ。各国の医療資源を一元的に管理し、感染拡大が深刻な地域に集中的に投入する。人類が持つ感染症への対抗力を結集し、最も効率的に使えるようにするのです」
 ――これまでさまざまな分野で「国家を超える連帯」が訴えられてきたが、ほとんど実現していません。「絵に描いた餅」では?
 「新型コロナウイルス問題がそうした膠着(こうちゃく)状態を変える可能性があります。第一に、気候変動は非常に長いスパンで影響が表れるため、対応も進みにくかったが、ウイルスはあっという間に世界中に広がり、一人ひとりの命を直接脅かしています。気候変動問題の存在を否定したトランプ米大統領も、新型コロナウイルスについては『問題ない』との自説をすぐに引っ込め、真剣に取り組まざるをえなくなった。非常時には歴史の流れが一気に加速されます」
 「第二に、政治的・経済的に恵まれた人々は、格差や貧困、海水面の上昇など従来の社会問題から逃れられたが、新型コロナウイルスには多くの著名人や政治家も感染しています。『民主的で平等な危機』であり、社会の指導層・支配層もわがこととせざるを得ない。その分、思い切った対策が進む可能性がある」
 「第三に、今回のパンデミックが終息したとしても、新たな未知の感染症が発生し、広がるリスクは常にある。日常生活の背後に『人類レベルの危機』がいつ忍び寄るか分からないことを、私たちは知ってしまった。それが私たち自身の政治的選択や行動に大きな影響を与えるかもしれません」
 ――確かに、英国のブラウン元首相も3月末に、「一時的な世界政府の樹立」を呼びかけました。数カ月前には考えられなかったことです。ただ、現時点では、世界は「連帯」よりも「分断」へと向かっているようにも見えます。
 「ポジティブな道とネガティブな道、どちらに進むかという岐路に私たちは立っています。持続可能な生存には『国を超えた連帯』という道以外あり得ませんが、危機的な状況ではかえって各国の利己的な動きが強まりかねません」
 「人間は『まだなんとかなる』と思っているうちは、従来の行動パターンを破れない。破局へのリアリティーが高まり、絶望的と思える時にこそ、思い切ったことができる。この苦境を好機に変えなくては、と強く思います」(聞き手・太田啓之)
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 1958年生まれ。京都大学大学院教授を経て現在はフリー。著書は「ナショナリズムの由来」「社会学史」など多数。